あたたかいもの
「…綺麗な顔ですね」

私がぽつん、とそう零すと、朱史さんは軽く笑った。ただしそれは喜びではなくて、自嘲だとか憎悪だとか、そういうドロドロとした感情に蓋をしたような、そんな昏い代物だった。

「ムカつくぐれぇにな」
「ムカつく…?」

何となく拍子抜けして、ぱっちりと瞬く。ことりと、首を傾いだ。

「自分の顔…好きじゃないんですか…?」
「…俺のじゃねぇって、言っただろ」

そう言って彼は片手で頭を抱えるように緩く顔を押さえた。そういえば彼は昔の人で、今は違う身体に魂が入っているのだと聞いたっけ。
おおよそ信じられるような話ではなかったけれど、何故か私は彼の言う事を疑いもせずに鵜呑みにしていた。彼が時折見せる脆い面がそうさせているのかもしれない。

「…今は貴方の顔ですよね…?」
「………」

細長い指の隙間から覗く深紅の目が私を睨んできた。何もそんな顔をしなくても、と思いながら手を伸ばし、朱史さんの手に重ねるようにして触れた。

「他人に好かれる顔です…自分で好きにならないと、損ですよ…?」
「ハァ? 好きでこんなナリしてんじゃねぇんだ。損も得もねぇだろ」
「…もう」

溜息が零れて、手を離した。同時に朱史さんも手を降ろす。どうにも、私ではこの人の心を動かす事はできないらしい。歯痒いと思う反面、それでいいのだろうとすら思える。

「頑固な人…」
「うるせぇな。…で、話はそれだけか?」
「…ん」

顎に手を当てて、首を傾ぐ。もう少し、このひとと話していたい。

「…あ」
「…何だよ、まだあるのか?」

迷惑そうな顔をされた。意外と表情がよく変わる人だけど、わざわざそんな顔をしなくてもいいのに。しかしこれ以上彼の癇に障る事を言えば、今後まともに話ができなくなる気がするから言わない。
その代わり、ではないが、言おうとした事をちゃんと伝えてみる。

「お腹、すいてません…?」
「―――……」

ぴくり、綺麗な柳眉が反応した。こういう時は素直だなぁ、と思いながら、小さく笑う。

「私も小腹がすいていて…一緒に、美味しいもの食べに行きませんか…?」
「………」

ね、ともう一押ししてみる。朱史さんは私を見下ろし、小さく唇の端を吊り上げた。私の大好きな、その笑顔。

「美味くなきゃ怒るぜ」

その言葉が肯定だとわかって、どうしようもなく喜びを感じる胸中が促すままに私は満面の笑みを浮かべた。

「大丈夫です…私は美味しいものが大好きですから…きっと、満足してもらえます…」

そう言って朱史さんの服を軽く掴み、くい、と引いた。

「じゃ、行きましょう…」

身長の高い彼がうんざりしてしまわないように、いつもより少し速めに歩き始める。友達は男の方が気遣うべきだとか言うけれど、こういうのもいいだろうと私は思うのだ。
あぁ、今日は寒いな。温かいものを食べよう。



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