「あんたを見てると弟を思い出すわ」

野良猫を相手にしながら、その女はそう言った。ちらりと目を動かすと、女と視線がかち合った。

「何でだよ」

先を促す言葉を紡ぐ。それを待っていたかのように、そいつ―――ナナシは口を開いた。

「あの子、寂しがりなのよ」

そう言いながら野良猫に視線を戻すが、もういなくなっていた。ナナシは何となく残念そうにしている。
だがすぐに気を取り直したらしく、スカートの裾を軽く押さえながら立ち上がり、くるりと振り返った。

「あたしが―――あたし達がちゃんと関わってあげなかったせいかしら。偏屈になって、友達がいなくてね。でも最近、椿っていう友達ができたって嬉しそうだった」
「で?」
「あんたもそうじゃない?」

眉が寄るのを感じた。得物の棒を持っていない手で頭を掻く。ナナシの涼やかな笑い声が耳に障る。

「何でそうなるんだよ」
「あたしには、あんたが人との繋がりを求めて遠近に転がり込んできたように思えるのよ」

訳わかんねぇ。俺の元の身体はもうとっくになくなってるはずだし、何故かその俺と同じ顔をした身体には仇敵とその器が入ってやがるし。
そもそも、影が解放されれば消える運命にあるってのに、何で。

「ありえねぇ」

ほぼ無意識に呟いた言葉に、ナナシはくつりと笑った。

「なら、いいんだけどね」
「………」

何がだ、と言いかけたが口を噤んだ。この女の事だ、いいえ何も、とか言ってはぐらかすに決まってる。
代わりに棒を肩に担いで、踵を返した。

「腹減った」
「あぁ、もうそんな時間だったかしら」

少し慌てたような声がして、足音が近付いて、がしっと腕を掴まれた。
当然、そのままナナシの歩調に合わせて歩く羽目になる。

「お、い」
「お腹が減ったんでしょ? あやかしを狩る前に、少し食べて行きなさいな」
「………」

この女の事は、よくわからない。不相応に落ち着いていたり、かと思えば今みたいに普通に慌てたり。何なんだこいつ。と、思わないでもない。
だがまぁ、確かに腹は減った。それにこいつの作る飯は美味い。
…大人しく引っ張られてやるか。




(書きたかったもの:振り回される嵯峨野さんとご飯に釣られる嵯峨野さん)



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