愛憎模様
※ジタンが黒いです。陽気で優しくてお調子者で男前なジタンをお求めの方は回れ右をお願いします。






「ジタンは隠し事が上手いね」

焚き火の明かりをじっと見つめていたナナシが不意にそう言った。オレは軽く目を見開いて、首を傾げた。

「いきなり何言い出すのさ」
「…そのままの意味だよ」

オレを一瞥して表情を窺うように目を細めた後、ナナシはそう返した。明確な答えはない。いや、彼女からしたら、今のは充分に「明確な答え」なんだろう。
オレは三日月型に歪みそうになる口元を抑え込んだ。タンタラスでやっていた芝居がこんなところで役に立っている。けれど、恐らく彼女はオレのこんな変化、きっととっくに見抜いている。オレはナナシのこういうところが好きでたまらない。元々感情を読み取る事に長けている上に、スコールとは別な意味で仲間と必要以上に関わろうとしない性格と相俟ってその長所は更に伸ばされている。ただ、多分それはそっくりそのまま、「仲間を完全には信用していない」という短所に置き換わるのだけれど、それも紛れもなく彼女の魅力だと、少なくともオレはそう思っている。

「オレは隠し事したつもりなんてないんだけどな。もしかして不安にさせたかい、レディ?」
「嘘つき。性格が悪いね」

隠し事が上手い、という全く褒めていない言葉の次は「嘘つき」「性格が悪い」のダブルパンチときたもんだ。しかも、だ。これらはどっちもこれ以上なく的確にオレの事を指し示した言葉だから余計に性質が悪い。その性質の悪さも含めて、オレは彼女を気に入っていた。
オレを見向きもしないで焚き火に枝を放り込むナナシは、きっと今テントで休んでいるバッツやスコールが起きていたらこんな事は言わなかっただろう。ナナシ以外の仲間は、皆オレを「陽気で」「お調子者で」「女好きで」「仲間思いで」「優しくて」「騒がしい」と思っているから。オレの本質に気付いているのはナナシだけだから。そして、それを見抜かれていると知っていながらすっとぼけた態度を取るオレは、疑いようもなく嘘つきで性格が悪い。

「何の事かな。仲間に、しかもナナシみたいなレディに嘘つく口は持ってないんだけど?」
「それも嘘。本当、性格が悪い」
「まだ言う? 酷いな。あぁ、でも―――そんなに言うなら、さ」

長くしなやかなナナシの髪を一房掬って弄びながら口を開くと、彼女はようやくはっきりとオレに視線をくれた。顔ごとオレに向き直ってくれた。けれど、その目は真っ直ぐにオレを見据えていながらもっと遠くを見ているようだ。
あぁ、この表情を何度ぶち壊したいと思った事か。バッツもスコールも寝付いていて、他の同行者もいない今なら、それができそうだ。確信めいた期待に、どうしようもなく、気が昂ぶる。

「ナナシが見てるオレの顔で接してもいいぜ。オレは元の世界で芝居やってたから、そういうのは慣れてる」
「………」

く、とナナシの喉が鳴った。綺麗な瞳が細められた。形のいい眉がきつく寄せられた。顎の関節の辺りが盛り上がった。有体に言って、ナナシは不快な顔をした。
その表情の一つ一つを仔細に観察して、背徳と悦楽と喜悦の混じった快感がオレの背を駆け上がるのを感じた。―――ナナシのこんな表情、他の仲間、いいやカオスの奴らだって見た事がないだろう。人を煽るのが得意なクジャや皇帝やアルティミシアにだって、ナナシは自分のペースを崩さずにあの達観した表情を貫いていたのだから。この顔を見る事ができるのは、オレの特権だ。

「嫌ならこのまま話すけど、どうする?」

にんまりと笑って首を傾げてやると、ナナシは歪んでいた顔を更に歪めて嫌悪をありありと示した。そう、ナナシのこういう顔が、オレは見たいんだ。カオスの奴らに煽られようがコスモスの仲間が傷つこうが自分が大怪我をしようが敵の攻撃が至近距離を通り過ぎようが眉一つ動かさないナナシの顔が歪むのはとても面白いし楽しいし何より笑顔よりずっとずっと彼女を綺麗に見せるから。

「…ジタンのそういうところ、大嫌い」
「あーあ。嫌われちまった」

笑いながら肩を竦め、火の勢いが弱まりつつある焚き火に枝を数本、放り込んだ。数秒の後、火が強まる。
大嫌いと言われた直後だが、実際のところ、ナナシはオレを嫌っちゃいない。オレはそれなりに人の機微には敏いから、これは多分間違っていない。彼女が嫌っているのは全部ひっくるめたオレではなくて、本質を隠しているオレでもなくて、隠している本質を見抜かれていると知っていながらとぼけるオレ、だ。
凄くややこしいとは思うが、 いつも仲間に見せている陽気なオレと本質的にはこうして歪んでいるオレ、そしてさっきのようにすっとぼけたオレを含めた評価の場合、ナナシはオレを嫌ってはいない。あくまで嫌っていないだけであって、間違っても好いてだっていないだろうが。

「バッツやスコールが起きる前に機嫌直してくれよ、レディ」
「………」

茶化すように言ってやれば、むっつりと尖らせていた唇をいつものように無感情に引き結んで、ナナシはさっきのオレと同じように枝を焚き火に放り込んだ。
ばちん、と爆ぜる音は、彼女の心を代弁しているようだった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -