グロッケン・ブルーム
※ゲームは未プレイ。
※夢主≠フィオナ。






どうしてだろう、とユリアンは首と尾を傾げてナナシを見つめた。手ずから作ったのだというクッキーを白魚のような指先で摘み上げて口元に運ぶ彼女は、ユリアンの婚約者だ。

「ナナシ」

ナナシがクッキーを嚥下したタイミングで声をかけると、彼女はゆったりと微笑んだ。

「はい、何ですか? ユリアン様」

穏やかな微笑みはユリアンが廃嫡される前と何の変化もなく向けられる。菫のように控えめなその表情も、砂糖を溶かしたミルクティーのように甘やかな声も、幼い頃から何も変わらない。

「婚約破棄したくはないのですか? 俺は廃嫡された身で、しかも今は庭師です。…もうあなたに釣り合う身分ではないのですよ」
「まぁ…まるで私との婚約関係がお嫌になったかのような仰りよう…」

ナナシは伏しがちな双眸を緩やかに見開き、それからよくよく見なければわからない程度にその表情を曇らせた。その僅かな変化に気付いたユリアンは自分の表情まで曇るのを感じた。耳が微かに垂れる。

「あぁ、いえ…そういうつもりではないのです。ただ気になって」

心の底からナナシを愛しているユリアンには婚約破棄などする気はない。そんな事をするぐらいならいっその事、自分の住まいに幽閉してしまいたいとさえ思う。…本当ならそれさえもしたくはないのだけれど。とにかく彼女との関係を切りたいのではなく、本当に気になっただけなのだ。
ユリアンの本音など知らぬまま、ナナシはティーカップを傾けて紅茶を一口啜った。微かに湿ったその唇が一度考えるように引き結ばれ、すぐに開く。

「…ユリアン様は、私の事がお嫌いですか?」
「まさか。愛していますよ」
「嬉しい、ユリアン様…」

一転して、桃色のコスモスの綻ぶ時のような柔らかさとローズマリーのような紅潮を乗せ、ナナシは珍しくにっこりと満面の笑みを浮かべた。それを見たユリアンの耳が元のように立ち上がる。

「ユリアン様。私はユリアン様を愛しています。ユリアン様が王子でも、ただの庭師でも、変わりません。そんなユリアン様も私を愛して下さる。私はこれ以上の幸せを知りません。だから私は、貴方の恋人、婚約者、妻であり続けます」

恋に恋する乙女のように熱を孕んだ目をうっとりと細め、ナナシは白い手を伸ばした。細くしなやかな指先が、庭仕事で無数の小さな傷を抱えたユリアンの手を搦め取る。彼が手の角度を変えてナナシの指先を包むように力を込めると、彼女は心底幸せそうに笑った。

「すみません、ナナシ。不安にさせてしまいましたね」
「いいえ。いいえ、ユリアン様。元を正せば、私が何も申し上げなかったのが原因なのです。ユリアン様なら、何も言わずともきっとわかって下さると、驕っておりました」
「それは俺を信頼してくれているからでしょう? 俺はあなたのそういうところが好きですよ」
「まぁ」

ぽっ、とナナシはイヌバラのように頬を色づかせた。さっと逸らされた目尻は恥じらいを含み、彼女を幼く見せる。
ナナシはユリアンに「愛している」と言われるより、「好き」と言われる方が照れるらしい。これは偏にユリアンが愛ばかりを囁き、人としての好意を告げる事が少ないからだ。「好き」と言われる事に耐性のないナナシは、いつもこうして恥らう。そしてユリアンはそんな婚約者にいつも笑ってしまう。

「ナナシは可愛らしい人ですね。あなたが俺の伴侶で、本当によかった」
「何です、突然」
「突然? そんなタイミングでもないでしょう」

堪えきれずついに零れた笑い声をどうにか拳の下に押し隠しながら、ユリアンはゆっくりと尾を揺らした。ナナシからは咎めるような視線を頂いたが、目尻は今も赤く照れを示しており、何の迫力も見られない。
くつくつと低く笑っていたユリアンは、「もう」と眉尻を下げて大仰に肩を竦めたナナシを見ながらようやく笑いを引っ込めた。もう一度尾を揺らし、ゆったりと目を細める。
あぁ、愛おしい。

「…愛していますよ、ナナシ」

握り合った手を口元に引き寄せ、その指先に口付けた。





(ゲームは持っていません。ほぼ友人から聞いた情報だけで書きました。)
(花の例えが多いのはユリアンが庭師だからです。)



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