苦痛を請う
首の後ろ、うなじ辺りを支えられ、腰に腕を回された状態で、私は凌牙に食まれていた。
比喩でも何でもない。青い双眸を薄ら紅く染めた凌牙が嫣然と笑いながら私の喉笛に食らいついていて、私は痛みと貧血で朦朧としていた。
凌牙は恍惚とした表情で何度も何度も私の喉に食らいつき、血を啜り、薄い肉を食む。凌牙の口には名前と違って牙はないはずだが、その歯は易々と私の皮膚を突き破り、死なない程度に血を流させていた。
死なないどころか気絶すらできないのは、彼の理性が働いているのか、それとも彼が欲望に忠実になっているのか。わからない。
最初は抵抗した。だが抵抗すれば凌牙は喜び、中学生とは思えない力で私を抑え込み、牙を立てた。不穏な音を立てて首を喰らわれ、血が流れて意識が混濁し始めて、ようやく私は抵抗をやめた。
凌牙は飽きもせずに私を食んでいる。私の身体には既に力が入っていない。つまり凌牙は私の全体重を支えているわけだが、全く苦にした様子はなく狂気を孕んだ笑みを浮かべて私を食らい続けている。
痛かった。ちょっとどころではなく、意識を飛ばせないのが苦痛なほど、痛かった。抵抗しなくなっても悲鳴は上げていたし、嫌だやめてと拒否の言葉はかけていた。今ではそれすらできなくなっていた。
凌牙は時折上目遣いに私を見ては、ぼろぼろと涙を零している私に妖艶に笑いかける。凌牙の唇は私の血で赤く汚れて紅でも引いているかのようで、淫靡ですらあった。
「痛ぇか」、凌牙が問う。傷口にその吐息が触れて、じりりとした痛みを感じる。私は涙を止める事も拭う事も意識を切り離す事もできないし、頷くのも言葉を返すのも喉の傷に障るから、答える事ができない。
凌牙はつまらなさそうに目を細め、愉快そうに笑った。目元と口元の表情が真逆だ。ここにいる人はもしかしたら凌牙ではないのかもしれない。凌牙の姿で、凌牙の声で、凌牙の身体で、凌牙ではない誰かが、私を弄んでいるのかもしれない。
そんな逃避を試みるが、悲しいかな私の頭はそれを許さない。本当にそうだったらよかったのになぁと思いながら、解放される事を半ば諦めながら、がつり、凌牙が喰らいついてくる感触に呻いた。
腰に回されていた手はいつの間にか、だらりと下がった私の手に絡められていた。
凌牙は本当に鮫みたいだ。獲物に喰らいついて、離さなくて、獲物が死ぬまで、喰らい続ける。あ、でも今の凌牙は執念深いから、蛇っぽくも思える。
そんな貴方に囚われて、そろそろ私の心が死にそうだよ、凌牙。



++++++



ぐぢっと湿った音を立ててナナシの首筋に歯を突き立てた。ナナシの唇からは声にならない呻き声が零れる。
俺に捕まったナナシは最初は痛がり、抵抗していた。そりゃあそうだろう。首に噛み付かれる痛みってのは俺にはわからないが(何せそんな事はされた事がねぇ)、きっと痛い。痛いのは誰だって嫌だろう。
なら何故ナナシにそんな事をしているかというと、恐らく俺が正気じゃないから、だろう。遊馬と初めて戦った時、リバイス・ドラゴンに取り憑かれた時と同じような感覚だ。だから多分、今の俺は正気ではないんだと思う。
いや、正気だとか狂っているだとかそんなの、今はどうでもいい。ナナシを喰っているのが、心地良かった。
ナナシは軽い。俺の腕一本で楽に支えられる。首を支えるだけでは辛いかもしれないと思って腰も支えていたが、腰から手を離したところでぐらつく事すらなく、そのお陰で力なくぶら下がったナナシの手を簡単に捉える事ができた。
視線を上げれば、ナナシはぼろぼろと泣きながらどこか遠いところを見ていた。その目は焦点が合っていない。さっきまでは目が合っていたのにと思うと嫌な気分になった。ちゃんと俺を見ろよ。
ナナシの意識を引き戻したくて、少し強めにがっついた。ナナシが小さな悲鳴を零し、やっと俺を見た。ニィ、と笑ってやれば、静かに涙を流しながら恐怖混じりの表情を浮かべた。満足感を得る。ずるりと血を啜って音を立てて嚥下すると、ナナシは俺の腕の中で身を捩った。あからさまな恐怖の色に興奮する。
「痛ぇか」「怖いか」、問うてみるがナナシは答えない。この傷では頷くのも声を出すのも苦しいだろうし、当然といえばそうだろう。さっきも答えなかった。
「やめてやろうか」、違う問いを投げてみる。ナナシの目が丸く見開かれる。零れ落ちそうだ。
ナナシが答えないのを良い事に、うなじの辺りで固定していた手を後頭部に移動させてその眼に舌を這わせた。ひ、とナナシの引きつった声。そういう反応が見たくて俺がお前を喰ってるんだって、気付かねぇのかよ。あぁ気付かれなくてもいいのか、そうしたらきっとこいつは素直に反応してくれなくなる。
硬くもなければ軟らかくもない感触は正直不快だった。防衛本能からかナナシの目からは大量の涙が零れる。しょっぱい、こんなん飲むぐらいなら血の方がずっと美味い。舌を離した途端にナナシの目がきつく閉じられた。痛かったんだろうな、怖かったんだろうな。そういう顔、もっと見せてくれよ。
ナナシの瞼に歯を立て、顎に力を込めていく。ずっと握ったままのナナシの手にも力が入った。痛いんだろう、怖いんだろう。
俺の牙がナナシの瞼を突き破るまで、あと、すこし。



(闇堕ちシャークさんの捕食シーンとかないんですか)
(鬼柳さんのがじがじネタと同じとか言ったら2連続デプス・バイトくらいます)



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