血を求める
ぐぢっ、と嫌な音がして、肩に鈍い痛みが走った。
痛みが鈍かったのはほんの一瞬の事で、ひゅっと息を呑んだ瞬間に焼け付くような痛みに変わっていた。
痛い、痛い。馬鹿じゃないのか、コイツは。
肩口に顔を埋める銀髪の黒尽くめを見ないように、痛みを堪える意図も含めて目を固く閉じ、歯を食い縛る。
逃げたい、のだが、暴れれば傷口が広がるし、何より座った状態で部屋の隅に追い込まれ、あまつさえ両手を押さえ込まれていてはそんな事ができるわけがなかった。
痛い、痛い、痛い。肩が、焼けそうなほど痛い。速くなった鼓動に合わせてどくりどくりと痛む。

「…ッ」

どれだけ痛いと思っても、それを言ってはやらない。この男を、鬼柳を、愉しませるだけだから。
それにしてもコイツ、服の上からでも易々と肌に到達するとか、どんな鋭い歯をしているんだろう。
なんて、痛みに引っ掻き回された思考の中でぼんやりと思ってみるが、それでは逃避にもならない。痛い。
かぱっと口を開け、鬼柳は私の肩から少しだけ顔を離した。私の服が犬歯に引っかかったようで、かくり、何度か開閉して完全に離れる。
血と鬼柳の唾液で濡れた服は肩にべったりと貼り付いて、とても不快だ。

「…痛ぇか?」
「……っ」

鬼柳が青白い顔で酷く楽しそうに笑う。私は細く短く吐息する。
痛いとは絶対に言わないし、かといって痛くないと嘘を言えばコイツはやっぱり愉しんで私を更に痛めつけるから、何も言わない。
鬼柳はくつりと笑うと、今度は首筋に顔を埋めてきた。柔らかく生暖かい感触が軽く触れて、少し遅れてそれが押し付けられる。
肩と同じように噛まれるのかと思って軽く唇を噛んで耐える準備をしていると、ちぅ、と音を立てられた。嘘、コイツ、キスマーク付けやがった。
不快感と驚きで目を見開いていると、顔をゆるりと上げた鬼柳が流し目で私のその顔を見て、これまた愉しそうに両目を細めた。

「…そういう顔、まだできるんだな。安心したぜ」

何が、安心した、だ。こっちは安心なんてできているわけがない。痛いし、痛いし、痛い、痛い。安心なんて、できやしない。
前言撤回というか、訂正だ。馬鹿じゃないのか、って疑問にするまでもない。コイツは、正真正銘の馬鹿だ。
ぎりっと睨むと、鬼柳はくつくつと喉の奥で妖艶に笑った。至近距離で耳に流れ込むその声に、ぞわり、肌が粟立つ。
身体を強張らせると、鬼柳は一層愉しそうに笑って、私の両手をきつく握ってきた。爪が食い込んで痛い。

「……ナナシ」

右手…私の利き手を持ち上げながら、鬼柳は優しい声で私の名前を呼んだ。ぴくりと震える。
そんな声で、呼ぶなよ。

「…無視かよ」

また喉奥で笑った鬼柳はちろりと赤い舌を覗かせ、私の右腕に這わせた。
生暖かく湿った感触が、きもち、わる、い。
それ以上に、この後されるだろう事を思うと、また気分が悪くなった。
鏡がないから確かめる術はないが、青ざめでもしたのだろうか。鬼柳は私の顔を見ては嫣然と笑い、見せ付けるように私の手首に口付けた。

「っ、あ」

絶対に声は出してやらないと思っていたのに、零れて、しまった。
やばい、やばい、やばいやばいやばい。
鬼柳が無邪気に笑う。形の良い唇をぱくりと開ける。私の血で薄ら汚れた犬歯が覗く。
手を離そうと思うのに、力が入らない。そもそも鬼柳に力で敵う気も、しない。
例えばそれで離れられたとして、彼が素直に私を解放するわけも―――

―――がちんっ!!

「ぃ、ぁ、あああああっ!!!」

思考を遮る音と感触、そして自分の悲鳴。
鈍い音と感触、と、肩以上の痛みが手首の皮膚だけでなく骨にまで走り、電流のように腕を駆け巡り、全身を支配した。流す気のなかった涙が一気に溜まり、堪える暇もなく零れた。

「あぁ、悪い。力加減、間違えたな」

くすりと笑うコイツは、確信犯に決まってる、だって、手首を噛んだくせに、大事な血管が傷ついた様子はないし、私を見て恍惚の表情を浮かべているし、そうだ、コイツ、確信犯で、あぁ、痛い、もう、やだ。
痛みと熱から泣き叫ぶ私の、押さえ込んだままの片手を開放した鬼柳は、綺麗な綺麗な白い手で私の頭を撫でた。
その感触すら今の私にはびりっとした刺激で、身を捩っては掴まれたままの手を離そうとするのだが、駄目だ、むり、だ。

「そんなに痛ぇか」
「っく…い、たい……、痛い…! き、りゅっ…たすけ…ッ!!」

あぁ、酷く、滑稽だ。
「助けて」も何も、今私がこんな目に遭っているのは、目の前のこの、鬼柳のせいで、でも今の私には鬼柳しか、助けてくれる人が、いなくて、いたい、いやだ、いたい、血が、熱い、いたい、痛い痛い痛い!!!
鬼柳は私の言葉を聞き流して、いや、聞き流さずに無視して、にこりと笑った。
そのまま、血を流し続ける私の手首に再び口付けて、ぢゅっ、と血を啜る。
何、してるの、なにしてるの、いたい、やだ、いたいよ、たすけて。

「…そう、いやさ。血ってよ、型が違うのを混ぜると、固まっちまうんだよなぁ」

それが何なんだ、それが、いま、何の関係があるんだ。
いたい、あつい、痛い熱い助けて嫌だどうしてこんな事になってるの早く解放してよ助けてよこんなのおかしいよお願いだから何も言わないで助けてよ。

「前から…こうしてるが、それでもオレが死なねぇって事は…ナナシとオレの血液型は同じみてぇだな」

肘の辺りまで滴った私の血を舐め上げながら、鬼柳は至高の美酒でも口にしたかのように微笑んだ。
わけがわからない、痛い、くすぐったい、熱い、痛い、涙は止まらない、醜い呻き声も止まない。

「お前の血…美味いぜ? …いくら啜っても、満足できねぇぐらいに…」

私の頬を撫でて親指で涙を拭いながら鬼柳はそう言う、傷口に唇を押し当てて血を啜って、そう、言う。
そんな事、言われて私にどうしろって言うんだ。
鬼柳が血で汚れた唇を離す、真っ赤に染まって妙に綺麗なそれを、痛い痛いと呻く私の唇に、押し付け、て、きた。
口を閉じる暇もなく、私の血が、さっきまで鬼柳の啜っていたそれが、口の中に、どろり、唾液混じりに流し込まれた。
離れようとした、そうしたら、コイツは私の腕を掴んでいた手を離して、唇と同じように血で汚れたそれ、を、使って、私の頬を両手で、固定、した。べっとり、血が、私の頬と、鬼柳の手を、片方だけ、つなげ、た。

ちのあじがするにがいいやだこわいいたいあついこわいこわいこわいあついいやだいたいもうだれでもいいからたすけておねがいわたしをこいつをたすけてわたしからこいつからおねがいだから助けてよ!!!



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