目的の発現
「失恋でもしたのか」

隣の席で突っ伏していた神代から唐突に声がかかった。唐突すぎて、神代を一瞥したっきり、私は固まってしまった。そして神代は突っ伏した状態で顔を横に向け、じっとりと私を見上げていた。いつも思うがこいつは眉間に皺さえ寄せなければとても綺麗な顔立ちをしている。

「…おい」
「へ、あ、あぁ」

催促するような声を受けて我に返る。あぁそうだ、失恋でもしたのかという問い。神代の口からそんな質問が来た事が私にとっては意外だった。そういった事には、興味がないものと思っていたのに。妹御である璃緒嬢が絡んでいるなら話は別だが。
そして何故そんな質問が来たのかを考える。失恋、というと、あれだ。髪を切る。髪。あぁ、そういえば、神代の雰囲気が少し変わる直前、町中どころか世界が紅く染まるあの日の前日に、髪を切ったのだった。胸元にかかっていた髪は、首を覆う程度になった。

「失恋じゃ、なくて」

言おうかどうか躊躇う。半端に言葉を切って口篭った私を見て、神代はぐっと眉根を寄せた。元々目付きが鋭いから、こいつに睨まれると結構な圧力を感じる。ごくたまに笑うとファンでなくとも恋愛感情がなくともドキリとするのに、非常に勿体ないと思う。と同時に向けられる圧力に抵抗する術を持たない私はさっさと白状する事にした。

「…前髪が邪魔だったし、行きつけの美容室からもらったクーポンの期限が切れそうだったから」
「………」

ハッ、と鼻で笑われた。おい、お前が急かしたんだろうが。と言えるものなら言ってしまいたいが、言えない。何故なら私はそんなに彼と親しくない。だから、髪を切った理由を尋ねられたその理由だって全くもってわからない。

「…お前らしいな」
「え」
「けど長い方がいい」
「え、ちょ」
「また伸ばせよ」

一方的にそう言って、神代は目を閉じた。ねぇちょっと待って神代今のどういう意味、と呼びかけるが返事なし。今の一瞬で寝たのか。それはある意味才能だよ神代。
ところで神代、君はそんなにはっきりと自分の心を伝える人だったか。私の知る神代凌牙は、何を考えているのだかいまいちわからない人だったぞ。あれ、今もそうか。あれ。
視界に入らない長さの前髪をつまんで擦る。ざりざり。切る前は伸びっぱなしだったから毛先が傷んでいたが、今はしっかりしている。

「…今度はちゃんと伸ばそう」

私の独り言に隣の席から小さな笑い声が聞こえたなんてのは、きっと気のせいのはずだ。




(ゼロのと似通った)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -