Thetys
※某少女漫画パロ。
※前世凌牙=ナッシュ。
※夢主=トリップしてきた。
※つまりいろいろ捏造。







「ナナシ、いるか?」
「あ―――ナッシュ? うん、いるよ。入って」

ノックと共に聞こえた大好きな声。ベッドから起き上がりながら彼を迎え入れる言葉をかけ、髪を手櫛でさっと整える。と同時に彼、ナッシュが扉を開けて私の部屋に入ってきた。

「何か用事? あ、会議とか?」
「いや。どっちかっつーと個人的な用だ」

青紫の髪を揺らしてゆっくりと首を横に振ったナッシュは、ほんの少し考えるような仕草をした後、じっと私を見つめた。

「まだ、いろいろ言ってなかった事がある」

ナッシュの目が私を真っ直ぐ見据えている。初めて会った時から変わらない、強い意志と気高さと、妹姫や私に向けられる優しさの入り混じる、全てを包容するような深海色。
彼の真剣さと相俟って言葉を失っていると、ナッシュはそんな事にはお構いなしに話を続けた。

「俺が正妃以外を娶る気がねぇのは、話しただろ」
「え…あ、うん。最良の正妃を娶って…一緒に治めていきたい、んだよね?」

そこまでは彼自身の口から聞いた。「あぁ」と頷く彼が、それまでどんなに気を張った生活をしていたかも知っているし、だから私は、元の世界に帰るまではできる限り彼の支えになりたいと願った。そしてこの世界に留まると決めた時、彼は私が支えとなる事を求めてくれた。身分も何もなかった私は、生涯を彼の隣で過ごす権利と義務を与えられた。
そんな彼が、今になって何を言おうと言うのだろう。婚儀の行程は嫌と言うほど頭に叩き込まされたし、詳細に諳んじて見せる事だってできる。けれどこれ以上覚える事があると言われたら、ちょっと難しいかもしれない。

「俺は…正妃には、厳しい条件を突きつける。…俺に守られるだけじゃねぇ、俺と肩を並べ、自分で戦い、民や臣下に慕われ、自分もまた民を憂う…そんな女でなければ、娶る気はない。そしてお前を見つけた」

最初…この世界に来た時の私は、何も知らなかった。わからなかった。恐れてばかりいた。ナッシュに守られてばかりで、その背を追ってばかりで、戦えるわけもなく、民や臣下からは疑念を向けられ、私は彼らを恐れた。
それが今の私は、正妃として認められるだけの器量を身に着けたのだと、ナッシュは認めてくれている。他の誰に認められるよりも嬉しくて、少しだけ涙腺が緩んだ。

「お前が俺の正妃になる事を誰も疑っていない。臣下も、民も…俺達も、な」
「あ…えっと、じゃあ何も問題ないんじゃ…」

困惑しながら首を傾げると、ナッシュは緩やかに首を振って「問題は俺だ」と言った。…一番問題のなさそうなところなのに、どうして?
私が疑問を口にするより早く、ナッシュからその回答が返った。

「お前を正妃に迎える事、明日の婚儀の事、この国を治める事…そればかり考えて、お前が俺の妻になる事を忘れていた」
「―――!」

ナッシュは床に膝を着き、跪くような姿勢で私を見上げた。するりと、男性にしては繊細ささえ感じる手が私の手を掬い上げる。

「…ナナシ。俺と結婚してくれ」

普段はつんけんしていて好意なんて滅多に見せないくせに、こんな時ばかりは真摯すぎる目で真っ直ぐに私を見据える。荒々しいくせに優しさと自信に満ちたその態度に、私は何度心を奪われたのだろう。もう覚えていない。
でも、今回のこれは、少しだけ意味合いが違う。ただの好意だけじゃない。国王と、彼に嫁ぐ妃としての言葉でもない。
あぁ、あぁ、私は。…私は。

「…返事、くれねぇのか? ナナシ姫」

ふ、と挑発的に笑んだナッシュに、涙を零しながら抱きついた。




(原典は某少女が古代にトリップするあれです)



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