一番美しい死に方は氷付けらしいですよ
「氷漬けがいいな」

ナナシが突然そんな事を言い出した。俺は視線をテーブルに広げたデッキから、正面に座るナナシに移した。

「凌牙ってば、変な顔」
「うるせぇ」

締まりのない笑みを晒すナナシに、眉根が寄るのを感じた。生憎、俺は変な顔と言われて喜ぶ性分ではなかった。誰もそんな性癖は持っていないはずだ、と思う。
それに、いきなり「氷漬けがいい」だと? 意味がわからなかった。

「一体何の話だ」
「死ぬ時の話」

世間話でもするように微笑したナナシ。対して俺はその言葉を噛み砕き、はっ、と嘲笑うように声を零した。

「…くだらねぇな」

俺が吐き捨てるようにそう言うと、ナナシはへらへらとした笑顔はそのままに俺から顔を背け、部屋の窓の外を見た。負の感情を隠す時の、こいつの癖だ。
全く嬉しくない事に―――俺は短期間で大怪我をしたり死にそうだと思ったりした事がある。そのせいで入退院を繰り返した事も。だがそのどれも、カイトに魂を獲られた時はどうだったか知らねぇが、最終的な診断結果は「命に別状なし」だった。お陰で俺は死というものの概念がすっかり曖昧になってしまっていた。
だから俺は、死の話をするこいつの意図が全くわからず、またわかろうとも思わなかった。

「…死ぬなら、氷漬けがいい」

ほんの少し掠れた声で、ナナシはそう繰り返した。
俺にはその意図が欠片ほどもわからなかった。



++++++



あの時、俺があいつの言葉を切り捨てるような事を言わなければこんな結果にはならなかったのだろうか。端末の画面に映し出されたメールの文章を目に、俺はほんの少しだけ目を細めた。
後悔、ではないはずだ。あの時の俺は確かにあいつの言葉を「くだらない」と思ったし、それをそのまま伝えて切り捨てたし、氷漬けがいいと言ったあいつの意図は何一つ汲み取れなかった。それでも、こんな事は望んじゃいなかった。だがあいつの決断を知っても…俺は、同じようにあいつの言葉を切り捨てただろうと思う。頭の片隅では妙に客観的な自分がそう分析していて、それ以外の自分は微かな混乱を抱いて指先で画面に踊る文章をなぞった。
『私はあの時、氷漬けがいいって言ったでしょ』覚えてる。『凌牙はくだらないって切り捨てたけど、私にとってはそんな問題じゃなかったの』知ってる。『だから凌牙に切り捨てられた時、私はとても悲しかった』わかってる。『それでも知ってほしかったから、二度も言っちゃった』大事な事だからってか、そんな気遣いいらねぇよ。『そんな事しておいて本当を伝えなかったのは、凌牙はきっと何度でも切り捨てると思ったから』よくわかってんじゃねぇか。『好きな人にそんな事されたくないもんね』今更、何を言ってやがる。『でもそれ以上に、私は綺麗なままでいたいなあ』さっきから脈絡はどこに置いてきた。
つけっぱなしのテレビから音声が流れて、俺の耳を侵食した。「凍死した少女が発見された山は雪が積もっており…」。タイミングを同じくして、俺の指先と視線はメールの最後の文章に辿り着いた。

『一番綺麗な死に方は氷漬けなんだって』

知らねぇよ。わからねぇよ。氷は俺の分野じゃない。そんな事、璃緒にでも言っておけばよかったんだ。氷のデッキを使うあいつなら、あの言葉の意味だって少しぐらい理解できただろう。それでも俺に伝えたかったのなら、そんなに綺麗だと証明したかったのなら、俺の目の届くところで氷漬けになればよかったんだ。それさえしねぇで、こんな曖昧なメールを寄越しやがって。だから俺は言ったんだ、「くだらねぇな」って。
不意に視界が滲んだ。目が乾いたのかと瞼を閉じる。脳裏に氷漬けになったナナシを描く。形にならない。頬が濡れる。朧な輪郭のナナシが掻き消える。

あぁ、本当に、くだらねぇな。





踏破様へ提出



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -