たまにはそういう日もある
今日の私は、てんで駄目だ。朝起きて身だしなみを整えたところまではよかったのだけれど、問題はそこから先だ。
皆の朝食を作ろうとキッチンへ向かって調理を始めた。そうしたらトーストは焦げ、ポーチドエッグを作ろうと卵を割ったら殻ごと粉砕してしまった。それでもどうにか騙し騙し作った朝食を恥ずかしながら出したら、案の定トロンとWに強烈な駄目出しを頂いた。
少し気を落としながら昼食の準備。スープに大量の塩を入れてしまって飲める代物ではなくしてしまった。鴨肉を焼いていたら焼き目にムラができてしまった。鴨肉の方はまだ何とか出せたけれど、スープは出せるわけがなかった。
そして今、お茶の時間。正確にはお茶の準備をする時間。私は自室に引き篭もっていた。
例によってというか、失敗の連続だった。
お茶請けのスコーンの準備まではよかった。それを予熱したオーブンに入れて、焼き上がるまでにお茶の用意をする。…のだけれど、ここからが失敗続きだった。
まず茶葉の入った缶を落としてぶちまけてしまった。…せっかくWが買ってきてくれたのに、申し訳なくて仕方がなかった。
掃除を終えて違う茶葉を取り出し、続けてティーセットを出そうとしたら手を滑らせて自分のカップを落としてしまった。当然割れた。
お気に入りだったのに、と思いながら破片の処理をしていたら指を切ってしまい、処理が終わった後で手当てをして―――戻ってきたらスコーンが真っ黒に焼け焦げていた。朝のトースト以上に気落ちした。
当然お茶など用意できているはずもなく、Vにお茶の準備を頼み、そのまま自室に戻って今に至る。
ベッドに突っ伏して枕に顔を埋めると髪が頬にかかったけれど、それを払うのも億劫だった。

「……はぁ」

溜息が零れる。気分は最底辺だ。
上手く行く事ばかりではないという事は、よくわかっている。けれどここまで失敗続きの日があると、酷く気分が塞いでしまった。
そういえば今日はXの顔をまともに見ていない。食事の時、私はずっと俯いていたし。でも見なくていいかもしれない。多分今の私は酷い顔をしている。それに、私の料理やお茶をいたく気に入ってくれているXには合わせる顔がない。今日の失敗は全て料理・お茶の関係だ。
今日は一日この部屋にいよう。そうしたら失敗もしないはずだ。夕食ぐらい抜いても支障はないし、お風呂は明日の朝にでも入ればいい。
そう決めて寝返りを打って横向きになり、少し眠ろうかと目を伏せた瞬間の事。

「―――シエナ」
「…っ!?」

びくっ、と不必要に身体が震えた。跳ねた、と言った方が正しいかもしれない。
外から聞こえてきた声は、紛れもなくこの家の長男―――私の恋人たるVのもの。別に中に入られているわけでもないのに、慌てて身体を起こしていた。

「…シエナ、寝ているのか?」
「あっ…起きて、いるわ!」

ほぼ反射的に答えた。口を押さえるが、当然そんな事で放った声が引っ込むわけもない。
やや大きな声だったためにばっちりとXの耳に届いていて、彼の安堵混じりの笑い声が聞こえた。

「よかった。…入ってもいいかい?」

問われ、私はさっと俯いた。思案する。
どう、しよう。どうしよう。こんな、こんな状態で。あんな事ばかりで。合わせる顔がない。あいたくない。あいたい。
あぁ、どうしようもなく、あいたい。

「………うん」

少しばかり迷った後で答えると、かちゃり、と扉が開いて、Vが入ってきた。歩み寄ってきたXは静かに私の隣に座ると俯いたままの私の頬に触れた。その感触に顔を上げる。

「どうした? 元気がない。Vも心配していた」

V、と彼の末弟の名前を聞き、そういえばあの子にお茶の用意をお願いした時にとても心配されたのを思い出した。優しいあの子の事だ、きっと朝から失敗続きの私を気にかけてXに相談したのだろう。
余計な心配をかけてしまった事に罪悪感を覚えるけれど、それ以上にXに吐露してしまいたくなった。

「…何か…今日、全然……上手くいかないの」
「………」
「ご飯も…いつもみたいに、できないし…っ、お茶の準備なんて、散々で…!」

自分の声が震えているのを感じて再び俯き、服の裾をきつく握った。身体も震えている。
あぁ、もう、泣いてしまいそう。瞼も硬く閉じて、目に溜まりそうになる涙を堪えた。
すると、Xの大きな手がゆるりと側頭部に回り、え、と思っているとそのまま引き寄せられた。必然的にXと密着する。

「…ぶ、い?」
「…たまには休んでも、罰は当たらない。シエナはいつも、よく働いてくれているから」
「………」
「今日ぐらいは休むといい」

そう言ってXは空いた手も使って私を抱きしめてくれた。長身の彼にそうされると、私はすっぽりと包まれるようになる。それがとても、心地良い。
恐る恐るとXの服を緩く掴むと、抱きしめる腕に力が込められた。Xの胸元に顔を押し付けるようになる。

「…皆、怒らない…?」
「あぁ、大丈夫だ」
「………」

柔らかい声でそう言われ、少しだけ身体の力を抜いた。随分と強張っていたようで、腰や腕が軽くなった。
すると涙腺まで緩んでしまって、ぽろりと涙が零れてきた。Xの服を掴む。Xの服が濡れる事や皺になる事が頭によぎったけれど、それを気にする余裕はなかった。

「ふっ……う…」
「………」

大声で泣く事はなかったけれど、涙は止まる気配を見せない。ぼろぼろと零れ、Xの服に大きな染みを作っていった。それでも彼は、私を拒む事はなく―――むしろ優しく背を擦ってくれていた。
こんな風に彼に甘えられるのなら、失敗も悪くないのかもしれない。なんて。
そう思ったけれど、やっぱり彼のお茶は私が淹れたいし、こんな風に付き合わせるより一緒に笑い合うのがいい。



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