髪型七変化
髪を梳かれる感触がXの頭部に伝わる。さらりと見事な銀の髪が一房落ちて、彼の髪を梳いていたシエナは実に繊細な手つきでそれを掬い上げた。

「…本当、綺麗な髪ね。羨ましいわ」
「そうか? 私はシエナの髪の方が綺麗だと思うが」
「あら…嬉しい事を言ってくれるのね。ありがとう」

くすくすと笑い、シエナは櫛をポケットに入れるとXの髪を3つに分けて編み込んだ。

「三つ編みか」
「えぇ、そう…わかるの?」
「昔はそうしていたからな」
「ふふ…そうだったわね」

受け答えをしながら、シエナは手首に幾本も通したヘアゴムを一本取ると編み込んだXの銀髪を縛り、きゅっ、と輪にした。
三つ編みの輪を片手で固定するともう一本ゴムを抜き、根元と先端をまとめる。そして結い終えると手を離し、満足そうに笑う。

「できた」
「…団子にでもしたのか?」

Xは少しばかり物珍しい様子で後頭部に手をやり、そっと自分の髪に触れた。その度にぽよんぽよんと輪が変形する。

「そうよ。マーガレットという髪型なの」
「花の名前か」
「Xは綺麗だから似合うわよ」
「…喜べばいいのか?」

軽く振り返って苦笑いを向けると、シエナの楽しそうな笑顔と眼が合った。彼女はにこにこと微笑みながら首を傾げた。

「どちらでも。Xが嬉しいなら喜んで。嬉しくないならそれでも構わないわ」
「………」

そう言われても、愛する恋人の嬉しそうな顔を見て「嬉しくはない」などという本心は言えまい。Xは乾いた笑いを零し、それを聞いたシエナはふふっと悪戯っぽく笑った。どうやら見透かされていたらしい。
何となく罰が悪くなって、Xは顔を正面に戻した。

「解くわね。引っ張ったらごめんなさい」
「あぁ」

引っ張ったら、と言われたものの。ゆっくりとした丁寧な手つきのお陰で、引っ張るどころかヘアゴムに髪の一本がかかるでもなく、すんなりと解かれた。
シエナが緩く波のついた髪を櫛で梳かすと、元の真直ぐな髪に戻る。

「次はどうしようかしら。お団子はこの長さでやろうと思うと塔のようになってしまいそうだし」
「…塔?」
「えぇ、長いし量も多いから…綺麗に纏めようとすると―――あぁ、でも…」
「………」
「…うん、できなくないわね」

背後でうんうんと納得され、Xには口を挟む余地がない。自分で言ったように数年前までは三つ編みにしていたとはいえ、Xはそれ以外の髪型に関心を持っていない。厳密に言えば現在はずっと髪を下ろしているため、三つ編みのやり方すら忘れかけているのが現状だ。
そういうわけでじっとしていると、シエナの手が再びXの髪を掬った。左肩に数本の髪がかかったのを見るとどうやら右半分の髪だけが取られているようだった。

「んん、半分でも結構なボリュームね。しかもXの髪は上げにくいわ。不必要なぐらいさらさらなんだもの」
「…それで私にどうしろと」

シエナの愚痴とも取れる声音はしかし妙に楽しそうで、Xは少しの微笑ましさを混ぜて困惑の声を零した。彼の髪を弄る手は止めないままに、シエナはふふっと笑った。

「どうもしなくていいわよ。強いて言えば大人しくしててもらいたいぐらいかしら」
「わかっ、た」

頷きそうになって、頭を動かしたら文句を言われそうだと声音だけの肯定に留める。シエナが満足そうに笑う声が聞こえた。
しばし無言の時間が流れ、右側が終わると左側を同じように結い上げられた。

「できた。X、こっちを向いて」
「…ん?」

髪型を完成させるとさっさと解いて別の髪形を作る彼女にしては珍しい言葉に、僅かな疑問を覚えた。それでも言われたとおりに振り返ると、シエナは「あらまぁ」と愉快そうに両目を細めた。

「よく似合うわ」
「…喜べば、いいのか?」
「どちらでも。…解くわね?」

くつくつと愉快そうに笑いながら、シエナは正面からVの頭に両手を伸ばした。片方の手で髪を押さえ、もう片方の手でするりとゴムを解く。そのまますんなりと重力に従って落ちてきた―――と思ったら、根元は縛られたままだった。Xがその事に疑問を呈するより早く、シエナはもう片方の髪も半端に解いた。

「ツインテール」
「………」
「ごめんなさい、解くわ。正面を向いて」

Xが眉を寄せると困ったように苦笑したシエナは、彼が正面を向いたのを確認するとやはり丁寧な手つきで髪を解いた。
ぱさり、今度こそ完全に髪が降りてきた。どうやら癖がついてしまっているらしく、括られていた辺りに違和感を感じる。しかしそれもシエナが櫛を通す事でほとんど失せた。

その後もXは髪を弄られ続けた。ポニーテールにされ、結った髪で更にアレンジを加えられ、それを解かれたと思ったら横髪を三つ編みにされ後ろで細く纏められた。
そしてそれをも解かれた後は簪で纏められ、「これで最後だから」と現在は夜会巻きをされているところだった。

「…できたわ」

満悦といった声が聞こえ、とりあえずこれで終わりかとXは緩く吐息した。細いそれを聞き取ったらしく、僅かばかり申し訳なさそうなシエナの声が聞こえてきた。

「ごめんなさいね、付き合わせてしまって」
「…いや」
「Xの髪を弄るのは楽しいわ…でも悪癖ね。直す努力をしないと」
「そうしてもらえると助かる」

冗談交じりに笑って言えば、シエナが苦笑した。ごめんなさい、ともう一度謝られ、振り返ったXはそっと彼女の頬に触れた。

「そうしょげなくてもいい」
「…X?」
「多少疲れるが…シエナに髪を弄られるのが嫌いなわけではない」
「…本当?」

頬にあてがわれた手に自分のそれを重ね、シエナは瞳を揺らした。普段の落ち着いた様相や年齢に見合わない、はっきりと言えば幼い仕草だ。
返事の代わりにXがゆるりと唇の端を上げれば、彼女は安心したように笑んだ。



(…ところで、これは解かないのか)
(憎らしいぐらい似合っているから今日一日はそのままでいて頂戴)



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