ずるいずるい
「…シエナ?」

一通りの用事が済んで、さぁもう眠ろうか、という時間。ベッドに入る直前にシエナは背後からXにぎゅうと抱きついた。Xは多少の困惑を混じらせながらも努めて穏やかにその名を呼んだ。
シエナは無言のまま、すりすりとXの背に顔を押し付けている。その細腕はXの腰に回されており、彼の動きを大きく制限するような事はしていない。

「…どうしたんだい」

丁度腹部で交差している腕を優しく撫で擦りながらXが問うと、シエナは「んぅ」と小さく呻いた。

「……、…ずるいわ」
「…何?」

暫しの沈黙を置いて放たれた言葉に、Xは片眉を上げた。ずるい。とは、何が。何故。心当たりがまるでない。今密着してきているという事は、シエナはXに構ってほしいと思っているのだろう。つまり寂しがっている。彼女を寂しがらせるような事を、自分はしただろうか。
悶々と思考回路を巡らせるXを見たシエナは細く溜息を吐き、非力ながらに彼の腹部を締め付けるようにして腕に力を込めた。ほんの少し、苦しくなる。

「カイトばっかり…ずるい…」
「カイト? …何故彼が…」
「……ごめんなさい、忘れて」
「シエナ…」

溜息を吐いたシエナはXからするりと離れ、もそもそとベッドに入った。背を向けられるほんの一瞬、Xは寂しさと悲しさが同居したような表情を見た。どうにも気落ちしているようだ。加えて機嫌を損ねてしまった。
何だろう、とXは再び思考を回す。ここ数日はカイトと共にアストライトの研究をしていた。そしてアストラル世界への扉を開く算段を整えるべく、頭を捻っていた。それがどうにかなりそうだとわかり、装置を開発するにも至った。その辺りの事を知っているはずの彼女は、何故カイトばかりなどと―――

(…あぁ)

そこまで考えてようやく合点がいった。と同時にさっと頭から血の気が引いた。
そうだ。アストライトの研究や次元を渡る術を考える時などはシエナの見解を聞いた事もあったが、装置の開発にあたり、危険だからとシエナを置いていく事が多かった。装置を設置した場所は広さばかりを優先した雪原で、ともすれば雪崩が起きてもおかしくないし、それでなくとも機材が倒れでもしたらと考えると連れて行けるはずがなかったのだ。
それだけではない。装置が完成に近づけばその最終調整で、完成した後はその整備で、食事の暇さえ惜しんで出払っている事が多かった。お陰でこの数日、シエナの用意した紅茶を飲んだ記憶も、食事を共にした記憶もない。しかもここ数日はWとVが立て続けに外泊続きで、残ったXは外泊まではしないもののカイトと共に研究詰めとあらば、彼女が寂しく思わないはずがなかったのだ。それなのに何故、シエナを顧みる事ができなかったのだろう。
カイトばかり、と言ったのも恐らくその辺りに理由があるのだろう。きっと彼女は、Xと肩を並べて作業を進めるカイトに嫉妬と羨望を抱いたのだ。以前のシエナであればおよそ考えられなかった事だが、最近の彼女はそういった面をよく見せるようになった。

「…シエナ」

宥めるように名前を呼ぶが、シエナは何の反応も示さない。その態度はXの心には突き刺さった。自覚を持っただけに、余計に。

「…すまない。君に気を遣えなかった」
「………」
「明日は一日中、一緒にいよう」

ベッドに腰掛けて髪を一房掬いながらそう言うと、シエナはくすぐったそうに身を捩った後で寝返りを打った。その拍子に零れた髪を再び掬うでもなく手を下ろしたXを、驚いたような視線で見上げる。するりとベッドに入り込んだXは、抵抗の意思を示されない事を確認しながらシエナの頬を包んだ。

「…約束だ。明日は君のためだけに時間を使うよ」
「…でも」
「でも? …明日だけでは不満かい?」
「不満だなんて…そんな事はない、けれど…」

頬を包むXの手に自分のそれを重ねたシエナは、微かな惑いに視線を揺らした。Xはその様子を見ているだけで、何も言わない。これでもかと抑え込まれていたであろう感情を吐き出すか否かは、彼女自身の意思で決めてほしいから。
根気強くXが待って数分が経った頃、シエナは一度唇を引き結び、それから考えるように瞼を半分ほど下ろした。

「…今の調査だって、大事でしょう…? 終わるまで、我慢、するから…」
「我慢できなかったからあんな事を言ったのだろう?」
「………」

諦めたような声を零すシエナに確信を持って問えば、彼女はきゅっと唇を引き結んで俯いた。無言は肯定と取るべきだろう。
華奢な身体をゆっくりと抱き寄せ、Xはシエナの髪を梳いた。彼女はよくXの髪を綺麗だと絶賛するが、彼にしてみればこの髪の方がよっぽど艶やかで綺麗だ、と思う。

「…君はもう少し、我侭を言ってもいい。私に叶えられる範囲なら叶えてあげるから」
「…こんな風に、迷惑をかけても…?」

先ほどとは打って変わって期待の隠しきれない声音だ。わかりやすい変化にXはくつくつと低く笑い、ぎゅ、とシエナを抱く腕に緩く力を込めた。

「君がかける『迷惑』など可愛らしいものだ」

一緒にいてほしいとか、一緒に寝てほしいとか。いくら感情を抑えきれなくなったとしても、彼女の「我侭」とそれによってXが被る「迷惑」など、そんなものばかりだった。可愛らしいどころか、我侭でも迷惑でも何でもない。Xにとってそれは喜ばしいものばかりだから。
シエナはXの言葉を聞き、おずおずと両手を伸ばした。ほっそりとした腕が背に回り、Xの寝巻きを遠慮がちに握り締める。

「…それじゃあ、本当に…一日中…いいの?」
「当然だ」
「―――……」

ぎゅぅ。手だけでなく腕にも力が込められ、胸元に埋まっている顔がすりすりと擦り付けられた。幼い子供が甘えるようなその仕草に、愛おしさが募る。
さて、明日の予定はどうなる事だろうか。






(翌日の話も書く…かもしれません。)



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