恐怖は巣食う
二人で眠るには、私の部屋のベッドは些か小さい。あくまでも「些か」であって、決して狭すぎる事はない。しかし細身とはいえ大の大人と言ってもいいであろうシエナを招き入れるには、やはり多少の窮屈を感じる。
救い、ではないが。そのシエナは私に縋りつくようにして抱きつき、私も彼女を抱きしめているお陰で、思ったほど狭いとは感じない。
事の発端はそろそろ就寝するかと部屋の電気を消そうとした正にその瞬間だ。シエナが私の部屋のドアを叩いたのだ。

「…眠れない、の」

切羽詰まった表情で、シエナは身体を震わせながらそう言った。その表情は…俯いているせいで判別できなかった。
彼女がこうしてこの部屋に訪ねるようになったのは、私が弟達と共に目が覚めた次の日からだ。
あの日のシエナは私が目覚めた事すら受け入れられないほど―――私を幻覚だと認識してしまうほど、憔悴していた。一日中一緒にいて、どうにかその誤認は解けた。
翌日の彼女は、至って平常通りだった。いつものように柔らかに微笑み、二人の弟にもいつものように接していた。私に対しても。前日に泣きじゃくっていたのが嘘のようだった。
その夜、シエナは泣きそうな顔で私の部屋を訪れた。ただ一言、「眠れないの」とだけ言って。私は特に何も訊かず、シエナを部屋に招いた。
その日からずっと、翌日トロンが…父様が帰ってきた日以降も、彼女は私の部屋に来ては眠れないと訴え、私の腕の中で震えながら眠っている。
彼女は決まって私に縋りつき、私に抱きしめてくれと要求し、私がそれを呑んだ上で、やっと浅い眠りに落ちる。怯え、悪夢を見、そのせいで魘されながら朝を迎えている。
それでも彼女は、眠れないと口にするだけで原因を言わない。日中はいつものように微笑み、よく動いて家事をこなす―――まるで、前の晩に何もなかったとでも言うように。

「…シエナ」
「っ」

指通りの良い髪を梳きながら名前を呼べば、細い身体が腕の中で硬直する。そしてシエナは怯えたように私の胸元に顔を押し付け、強くしがみついてきた。
華奢な肩は震え、今にも崩れ落ちてしまいそうな儚さを帯びている。

「…ここのところ、毎日こうしているね」
「…ごめん、なさい」
「責めているわけではないが」
「………」

緩やかに溜息を吐き、シエナは更に顔を強く押し付けてきた。そして黙りこくる。
彼女は何かが不安なのだろう。私にその「何か」の心当たりは…それしか思い当たらないと思えるものが、一つだけあった。そして恐らくそれは間違っていない。
カイトに敗れた私が眠りについてしまっていた事が、私の思う以上にシエナの心に傷を負わせてしまったようだ。

「…復讐の必要がなくなった今でも、不安かい」

確信を持って訊けば、シエナは弱弱しく頷いた。やはり、と納得する私を見ようとはしないまま、呻くように謝罪を口にする。

「…ごめんなさい。迷惑でしょう…?」
「迷惑などではない。謝る必要もない」

安心させたくてシエナの頭に口付けると、彼女はほんの少し身じろいでから恐る恐ると顔を上げた。その瞳は揺らぎ、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
まだ不安なのだろう。彼女は穏やかに振る舞っている事が多いが、その実、酷く脆い心の持ち主だ。
さて、どうしたらそんなシエナの不安を取り除いてやれるのだろうか。シエナから視線を外す事なく思考していると、不意に彼女の瞳からぼろぼろと涙が溢れてきた。

「……、…シエナ」
「…ごめん、なさい」

顔を伏せようとするシエナの頬を自分の手で捉え、白い顔を横這いに伝っていく雫を指先で掬った。だが、掬っても掬っても、透明なそれは止まる事を知らない。
そのうちシエナは私の手から逃れ、再び私の胸元に顔を押し付けた。壊れ物を扱うように抱きしめると、嗚咽が聞こえてきた。
その日は私もシエナも、眠る事はできなかった。



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