再構築とは至極困難なものである
一人だけ残った屋敷は何とも味気なく、そして広く感じられる。
実際は別室に移動すれば恋人を含める三人の兄弟がいる。けれどどうしたって私はその部屋に行く気にはなれなかった。
たった一度…Xが眠ってしまった時だけその部屋に行った。それ以外では行った事がない。
死んだように眠るとはよく言ったもので、VもXも土気色の肌を晒して眠っていた。呼吸に合わせて僅かに動く身体を確認できなければ死んでいると錯覚してしまいそうなものだった。
そんなVやXを二度も見るのは辛かったし、Wは弱い面を見せたがらない子だからきっと嫌がるだろうなと思うと足は止まった。当然、Wに関して言えば私の勝手な憶測なのだけれど。
WDCの内容は、テレビで見ているだけ。そしてWが凌牙に負けてからはそれすらしていない。だから、トロンが今誰と戦っていて、どんな結果を弾き出しているのか、私に知る術はない。
さして興味もなくて、私はぼんやりと自室のベッドに座り膝を抱えた。リビングもキッチンも、今こうして動いているのが私一人しかいないのだと知らしめるものが多くて近付きたくない。
抱えた膝に顎を乗せて壁を見つめる。手持ち無沙汰というやつで、特にこの行為に意味があるわけではなかった。そもそもXが眠ってしまった時点で、私のやる事なす事全てからは「意味」が削ぎ落とされてしまったのだし。
空虚な心を閉じ込めるように顔を伏せた時、かちゃり、とドアノブの回る音がしたような気がした。
けれどずっと夢と現実を彷徨うような心持ちでいた私はそれを「幻聴」と認識して、だから続いて近付いてきた足音にも何の関心も示さなかった。

「…シエナ」

低く優しい声が私の鼓膜を震わせても。大きな手が私の頭を撫でても。青を基調とした服が視界の端に見えても。
その全てはきっと「幻覚」で、私が都合の良い夢を見ているのだと、思った。
そうしないとこの期待が外れた時の落胆は計り知れないし、そうしたら私はきっと心が崩壊してしまう。

「…顔を、上げてくれないか」

けれど、幻覚と言うにはあまりにもはっきりとした感覚が続くものだから。空虚な心の穴に押し込んでいた期待がぶわりと広がって、溢れ返って、顔を上げた。
白いスラックス、青基調の上着、綺麗な銀の髪、と視線を上げていって―――ブルートパーズに似た色の瞳と、視線が合った。
困ったような表情で、その人は手を移動させて私の頬を撫でた。

「…ぶ、い…?」
「誰だと思っていたんだ」

呆れたように眉を下げる、恋人。多分幻覚。期待、してはいけない。この期待は、溢れさせてはいけない。
視線を外してもう一度顔を伏せる。こうしてしまえば、きっと、消える。全部、ぜんぶ、これは私の作った幻だから、消える。
自分にそう言い聞かせながら、ぎゅ、と口を噛んで俯く。抱えた膝に顔を埋める。

「…信じられないのか?」
「だって、こんなの、幻に決まっているもの…信じたくても、信じられないわ。私自身が、信じられない」

あぁ、言ってしまった。言ってしまった。例え幻覚だったとしても、絶対に言いたくなかったのに。言ってしまった。
私は昔から臆病で、自分を信じてあげられない。それを知った彼はいつだったか、少しずつでいいから信じられるようになれと言った。それ以来私は自分を信じる努力をした。そう言った時の彼が、酷く辛そうな顔をしたから。
なのに私はまた、自分が信じられなくて、しかもそれを口にしてしまった。例え彼本人が相手でなくても、こんな事、言ってはいけなかったのに。
目尻が熱くなって、膝を強く抱え込んだ。泣きたくない。泣きたい。何も信じられなくて怖い。信じられないのは自分。もしかしたら彼の事も信じていないのかもしれない。辛い。怖い。

「…シエナ」

何度目か彼は私の名前を呼んで、戸惑いを含んだその声音に胸が締め付けられるような気持ちに苛まれた。



++++++



自分の事が信じられないと、彼女は言った。幼い頃、まだ想いを通わせていなかった頃に聞いたきりで、今になって聞く事になるとは思わなかった。思いたくもなかった。
どんな言葉をかければ彼女の冷え切った心を溶かす事ができるのか、私には見当もつかない。情けない事だ。
膝を抱えて身体を震わせている彼女の隣に腰掛け、抱き寄せた。強く力を込めて、私の中に閉じ込めるように、抱きしめた。
何と言うべきか迷っていると、腕の中から糸のように細い声が聞こえてきた。

「…あの人が眠ってから、私、何回もあの人の幻を見たの」
「……!」

今現在の日付は確認していないが、私が眠ってからさほど経ってはいないはずだ。この部屋に来るまでの屋敷の様子からすると、だが。
念のため視線を逸らして目覚まし時計が示している日付を確認する。―――やはり、週を跨いですらいない。

「でも本当に彼が目を覚ましたわけじゃなかった」

淡々と告げる彼女はその声に何の感情も浮かべてはいない。謝るべきだろうが、そうする事が正しいとも思えなかった。

「シエナ、どうしたら君は…私が幻でないと信じてくれる?」
「………」
「………」

重苦しい沈黙が流れる。彼女との間にこんな沈黙が流れる事はほとんどなかった。私達に流れる沈黙は決して不快ではなく、それどころか心地よさすら感じるものだったというのに。
最後まで彼女ではなく家族を選び続けた私への報いかと溜息を吐きかけた時、彼女は抱え込んでいた膝を伸ばして恐る恐るといった様子で私に腕を回した。

「…今日…一日中、こうしていてくれたら、信じる…」

絞り出すように零れた声は酷く震えていた。同じように、華奢な身体も。恐らくは泣いているのだろう。私はシエナを抱きしめる腕にぐっと力を込めた。
彼女は堰を切ったように泣き始め、私の服をきつく掴んでいた。



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