熱と罪悪感
朝起きたら、何か頭がぐらついた。急に立った時の立ちくらみぐらいはよくある話だから特に気にしないでいた。
食欲がなかった。最近はずっとそうだったからまぁいいか、と思っていた。
関節や目の奥が痛かった。昨日何かやったっけ、と思うが心当たりはないし、別にいいかと自己完結した。
視界がぐらついた。何を思う暇もなく、すぐに記憶が途切れた。



++++++



「……ぅ」

目を開けると寝室の天井が視界に映った。あれ、オレってここに戻ってきたんだっけか。最後の記憶は違う部屋だった気がするが、よく思い出せない。あと額が何かぺったりする。

「…起きられましたか」

呆れと安堵の混じった声がかけられて、ぼんやりと視線を動かした。寝室のドアの近くにはマスクをかけたエルダが立っていて、ぱたん、とドアを閉めるところだった。

「……エルダ…?」
「失礼します」

妙に冷たいエルダの手がオレの髪をかき上げて、その直後耳に何かが押し当てられた。
一秒もしないうちに電子音が聞こえて、その「何か」はすぐに離された。エルダがそれ―――体温計を見て、はぁ、と溜息を吐いた。

「39度2分」
「…え?」
「口開けて下さい」
「は、ちょ」
「さっさと開けろ」

いつも丁寧な言葉を崩さないエルダに命令形で言われ、しかもその目が尋常じゃなく怖かったから、素直に口を開けた。何かこう、従わないと視線だけで殺されそうな、そんな感じだった。
それはさておき、エルダはポケットからペンライトを抜くと鞄からヘラを取り出してオレの舌に押し当て、ライトで口の中を照らした。
ペンライトとヘラを離し、ライトはポケットに、ヘラは同じく鞄から取り出したパックに入れ、エルダはもう一度溜息を零した。

「…ただの風邪、ではありませんね」
「……あ?」
「…ニコちゃんとウエスト君が、教えて下さったんです。鬼柳さんが…倒れていると」

そういえば、今日はニコとウエストが遊びに来ると言っていた。なるほど、あいつらに見つかってこうなったわけだ。
イマイチその辺りの記憶もないな、とがんがんする頭で考える。頭の痛みが増した。

「鬼柳さん」
「…ん」
「…最近、ほとんど寝ておられなかったでしょう」

てきぱきと何かの器具を組み立てながら、エルダがそう呟いた。マスクにほとんど隠された表情は、よくわからない。

「…あぁ、そうだな」
「食事は?」
「…あんまり」

ダークシグナーとして、罪もない人々の魂を奪った事。大切な仲間だった遊星達を葬ろうとしてしまった事。この街に来てから、多くの人達を鉱山に送り込み、死なせてしまったであろう事。オレの罪は、今でもオレを苛む。…そのほとんどが、悪夢という形で。お陰でここ最近、ろくに寝れていなかったし食欲もなかった。

「…大方、倒れたのはそのせいでしょうね…あとは疲労。…どちらにしても、あまり無理をなさらないで下さい」
「無理…?」

無理、か。口の中で呟く。そのつもりは微塵もなかったが、なるほどそうか、無理をしていたからオレは倒れたのだろう。
エルダはオレに一瞥もくれないまま器具を組み終え、鞄から点滴のパックを取り出して器具についたフックに引っ掛けた。

「……栄養剤と抗生物質です」

パックに管を取り付けながら、エルダは淡々とした声でそう言った。そして布団を捲ってオレの腕を引っ張り、肘の内側に何度か触れるとゴム製のチューブでオレの二の腕を縛った。
何か、手ぇ冷たいな。こいつ。いや、オレの体温が高いせいか。

「…嫌とか仰らないで下さいね」
「……ん」

オレが頷くが早いか、エルダはオレの腕を取ったまま針を手にすると先ほど触れた所に手早く刺した。ちくりとした痛みはほんの一瞬で、すぐに引いていった。
エルダは針から続く短い管から試験管らしきものにオレの血を採ると、これまた手早く点滴に繋げた管と繋げた。そして液体が落ちる速度を調整して試験管に栓をし、鞄に入れた。

「…ちょっと失礼します」

身を乗り出したエルダの手がオレの額に触れた。が、直接的な刺激はなかったし額のぺったりした感触が増した。オレが眉を顰めると同時にエルダが目を細め、ぺりっとオレの額から熱冷ましのシートを剥がした。なるほど、さっきからぺったりしていたのはこいつのせいだったのか。

「…新しいの貼りますよ」

ゴミ箱に器用にシートを投げ入れたエルダは鞄から新しいのを取り出し、オレの額に貼り付けた。冷てぇし叩くように貼られたから痛ぇ。しかも予告なしかよ。

「エルダ」
「何ですか」
「冷てぇ」
「熱冷まし用のシートですから」
「…お前が、だ」

ちらと両目を動かすと、エルダと視線が合った。あぁやばいな、と思ったのは、その目がエルダの怒りを映していたからだ。―――ぶっちゃけると怖い。

「…理由をお教えしましょうか?」

猛り狂った怒りの眼差しとは反対に、エルダの声は冷たい。絶対零度の声とマグマみてぇな視線―――、やっぱり怖い。そしてオレにその理由が全く見当たらないわけでは、断じてない。

「…いや…わかってる」
「―――……」

答えた途端、エルダの顔が歪んだ。普段は激情を露にしないエルダにしては珍しく、ぎっ、と歯軋りまでしていた。

「エルダ…?」
「…わかっておられるなら…倒れる前に言って下さい。…急にこんな事になっても、私はいつでも駆けつけられるわけではありません。この街の医者は私だけですから」

押し殺したような声だった。それを聞いた途端、オレの中にふつりと罪悪感が芽生える。何かを言ってやりたくて、口を開いた。だが何をいえばいいのかがわからなくてすぐに閉ざした。
謝る、のは違う気がする。こいつはきっと、それを求めてはいない。

「………じゃ、次は…おかしいって思ったら…連絡、する」

結局出てきたのは、エルダの言葉を反芻して肯定するような、そんなものだった。
エルダはぎゅっと唇を噛んでオレから顔を背け、部屋を出て行った。

あんな顔をさせるつもりじゃなかったのにな。…とりあえず寝よう、あいつを少しでも安心させるには治すのが早い。
緩く溜息を吐いて目を閉じれば、すぐに意識は沈んでいった。



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