隙間などあろうはずもなく
テレビの中から聞こえてくる歓声を耳に、時折画面に目をやる鬼柳さんを見た。彼は気だるそうにソファに転がり、画面を見てはとても優しく、柔らかく、金色の双眸を細めている。彼の傍、床に座った私にはその表情がよく見えた。
見ているのは、WRGPの中継だ。

「…鬼柳さん」
「ん…?」

そっと声をかけると、鬼柳さんは生返事をした。聞こえていないわけではないらしい。そのまま鬼柳さんに問いを投げる。

「見に行かなくて、いいんですか?」

最近はサティスファクションタウンも落ち着いてきていて、たまに鬼柳さんにデュエルを挑もうとする人が来るけれど、とても平和だ。ダインの採掘のために多くの人が命を落とす事もなくなった。
鬼柳さんはこの街を取りまとめる人として少しばかり忙しいけれど、それでも最近は少し余裕が出てきている。だから見に行きたいのなら行けばいい、という私の意図を鬼柳さんはどう取ったのだろう。
しばし画面を眺めた後、CMに入ったのを確認してから彼は私に視線を向けてきた。

「遊星さん、ジャックさん、クロウさん…皆さんの事が気になるんじゃありませんか?」
「…まぁ、な」

私の言葉に鬼柳さんはふっと笑って頷く。先ほど挙げた人達は皆、鬼柳さんの旧友だ。現在はチーム5D’sとして、WRGPに出場している。ゆらりと長い脚を揺らし、鬼柳さんは姿勢を変えた。

「なら…」
「いいんだ」

鬼柳さんはゆっくりと首を横に振った。その顔は至って穏やかで、柔らかい笑みすら浮かんでいる。少しどきりとしてしまって、それを隠すために私は俯いた。

「どうしてですか?」
「さぁ? 何故だと思う?」

くつくつと鬼柳さんの愉快そうな笑い声が聞こえてきた。彼の含み笑いは色気が凄まじいので聞くのに慣れていなかったりする。
さておき。意地悪く笑う鬼柳さんをジト目で睨む。

「ちゃんと答えて下さい」
「…必要ねぇだろ」

再び柔らかい笑みを浮かべて、鬼柳さんはそう言った。いつの間にかCMは終わっていた。不動遊星を筆頭にチーム5D’sの面々がデュエルの準備をしている。

「意地悪ですね」
「言いたくねぇ事の一つや二つ、あんたにだってあるだろ。同じように、オレにもあるんだよ」

鬼柳さんはそう言いながら画面を見やった。揺らぎない湖面のような穏やかな表情に、私は言葉を返す事ができない。
チーム5D’sを眺める目はとても優しい。けれど兄のようなその眼差しを、当然ながら彼らが知る事はない。
いいんだ、と鬼柳さんは言うけれど。彼らが鬼柳さんを慕い、信頼しているのは一目瞭然だったし、だからこそ見に行った方がいいんじゃないかと思ってしまう。

「―――今のあいつらには、今の仲間がいる。あいつらのやるべき事がある」

私の心を見透かしたように、鬼柳さんはぽつりと言った。えっ、と自分の口から少しばかり間の抜けた声が零れる。

「オレにはオレの守るべきものがある。…だから、いいんだ」

そこまで言われてようやっと、今さっきはぐらかされた事だと気付く。はぁ、と自分の口から溜息が零れた。

「言いたくない事なんじゃないんですか?」
「気が変わった。エルダにぐらいは話してもいい。…それとも、嫌だったか?」
「………」

凄い殺し文句だ。反応に困って、ぱくり、口を開いて閉じる。鬼柳さんは上機嫌に笑って私に腕を伸ばしてきた。そのまま軽く引き寄せられて、上体を反らせるような姿勢になる。

「あいつらの事がどうでもいいってわけじゃねぇが…あいつらにやるべき事があって、オレ以外にそれを支えてくれる奴らがあるなら…オレはもう、あいつらに干渉するべきじゃねぇ」
「…よくわかりません」
「だろうと思ったぜ」

ふっと笑った鬼柳さんの吐息が耳にかかる。くすぐったさに軽く身を捩ると、すんなりと腕が解かれた。

「…あいつらはもう、オレがいなくてもしっかりやれている。日の当たる場所で、たくさんの人に支えられているんだ」

そう言いながら鬼柳さんは身体を起こしてソファを降り、後ろから私を抱きしめてきた。声音も仕草もいつになく穏やかで、そうさせている遊星さん達の事が、少しだけ…羨ましくなる。

「鬼柳さんは」
「…ん?」
「……、…遊星さん達を、本当に大事に思っておられるのですね」

少しだけ棘を混じらせて呟くと、ぷっと鬼柳さんが吹き出した。くっくっとそのまま笑っていて、私はぐっと眉を寄せると首を巡らせて鬼柳さんを睨んだ。

「悪い…くくくっ」
「…悪いと思っておられないでしょう」
「いや?」

愉快そうに金色の双眸を細め、鬼柳さんはちらと私を見やった。その目に映る私は、一体どんな顔をしているのだろう。自分ではわからない。

「…エルダ、意外と可愛いトコあるんだな」
「意外とって何ですか」
「いつも澄ました顔をしているだろう」

ぷに、と頬を摘まれた。くすぐったさにぺしっと軽くはたくと、すぐに離された。
むすっとしてテレビの画面に目を向けると、第一走者―――ジャック・アトラスさんがデュエルしていた。場にはレッド・デーモンズ・ドラゴンが召喚されている。…彼の、エースモンスターだという竜だ。
そんな事を考えていると、笑いを引っ込めた鬼柳さんが私の髪をその手で梳きながら口を開いた。

「そんなに怒るなよ。オレはエルダの事も大事だ。お前がいてくれなきゃ、満足できねぇ」

耳元でそんな事を言われる。顔に熱が集まる。赤いだろう顔を見せたくはなくて、つん、と不機嫌面を装ってみる。

「…どうだか」

素直じゃない声を零せば、鬼柳さんはそれすら見透かしたようにくっくっと笑った。




(町長は妙に余裕のあるイメージ。口でもなかなか勝てないような気がします)



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