どの面下げて?
「…で、何しに来たんですか」

傾けたマグカップ越しに、対面に座る男を睥睨する。彼は薄っぺらい笑みを貼り付け、「何って」と頬杖をついた。

「お前を迎えに来たんだよ、エルダ。もう一度俺とやり直そう」

その発言からわかるように、彼は私の、所謂元彼というもので。ごくりとカップの中身を嚥下した私は、それをテーブルに置いて溜息を吐いた。…京介さんが鉱山の様子を見に出ていてよかった。何を言い出すかわかったものではない。いろんな意味で。
別にこいつに惹かれたわけではなく、恋愛経験がない事を友人にからかわれた私に、こいつが面白半分だか罰ゲームだかで付き合おうと言ってきたから、頭に血が上っていた事もあり受諾した。そんなところ。そんなだったから当然のように数ヶ月を待たずして別れたが、その辺りはさておき。

「…メールで断った記憶があるんですけど、私の記憶違いでしょうか」
「断る理由がわかんねーんだけど?」
「恋人がいるからです。これもメールで伝えたはずですけど、私の記憶違いでしょうか」

カップに再び口を付ける。本当ならこいつをこの家どころか診療所スペースにさえ上げたくなかったのに、勝手に押しかけては話を聞かなければ暴れるとまで言われれば呆れながらも上げるしかなかった。今となっては一発殴ってでも帰らせればよかったような気がする。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

「それも読んだけどさぁ? 恋人ってあれだろ。鬼柳京介」
「…そうですけど」
「医者が元犯罪者と付き合ってていいのかよ。あいつこそお前を騙してるかもしれないぜ?」
「……あ…?」

それまで聞き流していた言葉が、聞き流せなくなった。これが診察だとか手術だとかなら、もっと感情を押し殺していたかもしれないが、今はそういった状況ではない。それに、事実とはいえ恋人を悪く言われて平常でいられるほど、私は人間ができていない。元々、気の長い方でもない。

「セキュリティ相手にテロまでしたような奴だろ。やめとけって。お前みたいに礼儀正しくて真面目な奴、すぐ騙される」

私の様子に気付きもしない男は、へらへらと薄っぺらな笑顔をそのままに京介さんを貶しまくる。誰かを貶していないと自分の価値さえ見出せないのだろうか。とか思っている私も大概だ。あぁ、本当に、京介さんが出かけていてよかった。

「…いくつか、言いたい事を列挙します」
「え?」
「一つ目。私が敬語を使ってるのは素の口調で話したくないからだ。二つ目。真面目に患者に接してんのはそうしないと稼げんからだ」

意図的に敬語を解くと、相手の目がぱちっと見開かれた。当たり前だろう、こいつは大学時代の知人で、その頃の私は既に敬語で話すようになっていた。こいつ相手に素の口調で話す必要性を感じなかったせいで私は彼を相手に敬語を解く事はなかった。つまり、こいつは私の口が悪い事を知らない。

「三つ目。鬼柳京介はセキュリティ相手にテロをしかけた元犯罪者でも、今はこの街を取りまとめる人で、それをセキュリティ自体が容認してる。四つ目。多弁な奴は感情が伴わない傾向にあるという統計データがある。五つ目。私はお前を信用していない。六つ目、これが最後ですけど…」

面食らった表情で私をしげしげと見つめる相手に、しれっとした声と表情で告げる。

「私は貴方の事が嫌いです。二度と連絡しないで下さい」



++++++



「エルダ、帰ったぜ」
「あ、京介さんお帰りなさい」
「…見覚えのねぇ野郎がいたが、誰だあいつ」
「私の元彼ってやつです。私と寄りを戻してほしいとか言ってました」
「………」
「…安心して下さい、ちゃんと断りましたよ。今は京介さんがいますし」
「オレがいなくなったらどうするんだ」
「そのまま独身かもしれませんね。少なくとも彼の所には戻りません。前から好きでもありませんでしたし」
「そうか」
「(あ、機嫌よくなった)」



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