どちらが利己的か、なんて
空に浮かんだ物体を視界に捉えた時、鬼柳さんは自宅を飛び出そうとした。
私は血相を変えた彼の腕を引っ掴んで止めた。振り払われそうになるがそうはいかない。両手で、全力で鬼柳さんの腕を握り締める。

「離せ、エルダ!」
「離しません。というか貴方は一度落ち着いて下さい」
「あんなもんを見て落ち着けるか! 遊星達が危ねぇってのに…!!」

私はやれやれ、と溜息を吐く。WRGPが始まった直後は、彼らがどんなに危険なデュエルをしていようが毅然とした態度で観戦を続けるだけだったというのに、今になってこれか。
私にも気持ちはわからないでもなかったが、それでも、鬼柳さんを行かせるわけにもいかなかった。

「…今の鬼柳さんに何ができますか」

わざと厳しい口調でそう言うと、鬼柳さんははっと息を呑んで苦虫を噛み潰したような表情を見せた。ごめんなさいと心の中で謝罪する。

「全てのモーメントが停止して、D・ホイールは動かない。この分ではデュエルディスクだって作動しないでしょう。D・ホイールに乗れず、デュエルもできず、貴方に何ができますか」
「っけどよ!」
「何もできないでしょう! 大人しくここにいて下さい!」

鬼柳さんにつられるようになって、私も声を荒げた。鬼柳さんは信じられないものを見るような目で私を見て、しかしすぐに眉を吊り上げた。その表情を見て決心が揺らぎそうになる。
鬼柳さんと遊星さん達の間には私には絶対に割って入る事のできない関係性が横たわっている。それならばこのまま鬼柳さんを行かせてあげた方がいいのではと、そんな事を思ってしまう。

「オレに…あいつらを見捨てろってのか」
「違います。私の優先順位の問題です」

首を横に振って、鬼柳さんの腕をぐっと握り直した。声と身体が震えていないかが心配だ。鬼柳さんは私を怖いもの知らずだと称した事がある。だが実際は私にも怖いものはある。それもたくさん。だから、気を抜けば震えてしまいそうだ。
ネオ童実野シティがなくなるのも怖い。あの宙に浮かんだ物体も怖い。それが落ちてきているのも怖い。それ以上に、鬼柳さんがその危険な場所に自ら行こうとしているのが怖い。

「私にとっては遊星さん達やネオ童実野シティよりも鬼柳さんの方が大事です。その貴方が危険な場所に行こうとしていて、はいそうですかって送り出せるわけ、ないでしょう」

できるだけ気丈な態度でそう言って鬼柳さんを睥睨する。鬼柳さんは何も言わなかった。ただ激情を露にしたその表情は変わらず、金の鋭い双眸は一歩も退かぬと私を睨み返してくる。
私達はお互いに頑固すぎるきらいがある。それでもいつもならしょうもない事でしか争わないのに、今回はそうもいかなかった。

「…だから、行かないで…下さい」

続けて放った声は情けなく震えていて、細い糸のようだった。これじゃあ私、馬鹿みたいじゃないか。ぐっと唇を噛みしめて俯いた。視界に入った自分の手も震えている。

「…そっちが本音か」

不意に鬼柳さんがそんな事を言う。さっきまで怒鳴り散らしていた人とは思えない、いつもの落ち着き払った声だ。
私は「違います」と言おうとして口を開いた、が。どうせ今さっき本音を零してしまったのだからもういいかと開き直り、こくりと頷いた。
何だかんだともっともらしい理由をつけてはいたが、単純に私は鬼柳さんに行ってほしくないだけだ。もしモーメントが動いていて、D・ホイールやデュエルディスクが動いていたとしても、私はやはり鬼柳さんを引き止める。

「らしくねぇな」
「…何とでも」

できる限り気丈に答え、もう一度鬼柳さんを見上げた。鬼柳さんの金の両目は声と同じく落ち着き払った光を浮かべていて、けれどその奥にはさっきまでと同じ激情が押し込められている。
睨み合いを続ける事数十秒。鬼柳さんはこれ以上ないほど不愉快そうに一瞬だけ顔を顰め、私の手を引き剥がした。ずっと力を込めすぎていたせいでもう力が入らなくなっていて、両手ともあっさりと離されてしまった。

「…ならお前もついて来い」
「…私の心配は全部無視ですか。行かないで下さいって言ってるのに」
「オレが無理しないようにお前が見てればいいだろ」
「…そうじゃないのに」

私はさっきと同じように唇を噛んで俯いた。どうしても止める事のできない自分が歯痒い。悔しい。
あるいは私が鬼柳さんと一緒に過ごした時間が、遊星さん達と同じぐらい長かったら。彼は私の言葉を素直に聞き入れてくれたのだろうか。自問してみるが、答えはすぐに出る。「否」、だ。
一緒にいた時間の問題ではない。鬼柳さんが遊星さん達を助けたいと思う理由は、そんな薄っぺらい理由ではない。
年甲斐もなく泣きそうになって、それを堪えるために顎に力を込めたら唇が切れて血が溢れた。

まるで涙の代わりのようだった。



(この後町長がどうしたかはご想像にお任せします)



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