逃がすものか
「だぁからよぉ…何度言ったらわかるんだ? エレス」
「……ッ」

色素の薄い紫の瞳が、鬼柳を睨み据えた。きゅっと唇を噛みしめながらも気丈に背筋を伸ばすエレスを見下ろし、鬼柳は本来白であるべき部分が黒く染まった双眸を細めてにたりと笑う。

「そんなにここから逃げ出してぇかぁ?」

この旧モーメントに連れ去られてから幾度となく投げかけられた問いだった。下卑た笑みを浮かべ、鬼柳はずいっとエレスに顔を寄せる。
彼女は小さな白い手をぐっと握り締めて自分が退く事を一歩たりとも許さず、恐怖に怯える心を叱咤して尚鬼柳を睥睨した。

「こんな所…いたくない。…あにさまの所に、帰して」

これも何度言ったかわからない言葉だった。鬼柳はそれに対していつものようにけたけたと甲高く笑う。

「ヒャハハ! テメェみてぇな都合の良い餌、簡単に手放すわけねぇだろぉ!?」
「っ…私は餌じゃない!」
「餌だよ」

それまでの感情の高ぶりが嘘のように、ぴたりと笑いを治めた鬼柳は酷く冷たい声で言った。狂気の滲む笑顔はそこにはなく、代わりに何の感情も浮かべない無表情だけがそこにあった。
見た事のないその表情にぞわりと鳥肌が立ち、エレスは小さな肩を僅かに跳ねさせた。

「テメェがいりゃあ、遊星はオレから逃げられねぇ。ジャックも…クロウもだ」
「…あにさま達は…逃げないもん」
「どうだかなぁ? ジャックやクロウはともかく、遊星は逃げるかもしれねぇぜ。何しろ、あれだけ仲間が大事だと言いながらオレを裏切った奴だ…テメェの事も裏切ったって不思議じゃねぇ」
「遊星はそんな事しない! あにさまもクロウも、そんな事する人じゃない!!」
「テメェがそう信じてる連中に、オレは裏切られたんだよ!!」
「鬼柳の馬鹿!! そんなんだからあにさま達が離れてったんだ!!」

きっと眉を吊り上げ、常の大人しい様相からは想像もできないほど激したエレスは叩きつけるように怒鳴ってくるりと踵を返した。
ばたばたと子供の小さな歩幅で向かった先は、このアジトの出口―――ではなく、エレスを連れ去った鬼柳が最初に彼女にあてがった部屋だった。
鬼柳はふんと鼻で笑い、自身も部屋に戻るべくがつりと靴音を鳴らした。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -