私、成長したのよ
※ED後



「君、可愛いね」

カフェのテラス席に座って端末の画面を眺めていたエレスは、かけられた声に顔を上げた。そこには知らない顔の男が立っていて、人のよさそうな笑みを浮かべていた。しかしエレスはその奥に隠れた欲を見出し、胸に不快な感情が沸くのを感じた。
再び端末に視線を落としながら微かに眉を寄せた。嫌な表情をしていても、前髪に隠れて見える事はないだろう。
素っ気無くすれば去ってくれるだろうと思っていたが甘かった。男がかたりと椅子を引いて無遠慮にエレスの前に座ったのだ。

「無視しないでよ。一人なら僕とお茶しよう」
「…嫌よ。他を当たって」
「つれないね」
「先約があるの」

その「先約」からの連絡を見逃さないために先程から端末を見ているわけだが、今の所は何の連絡もない。元々、その点に関しては期待していなかった。エレスはその相手がまめに連絡を取るような性格を持ち合わせていない事を熟知していた。
エレスの態度をどう取ったのか、男はくすりと苦笑してエレスに手を伸ばしてきた。

「それって彼氏? 君みたいな可愛い子を放っておくなんて、ろくな男じゃないんだろうね」
「………」

顔を上げると、頬のすぐ近くまで手が伸ばされていた。ぱしん、少しばかり荒々しくそれを払う。
エレスはきょとんとした男を真直ぐ睨み据えた。

「よく知りもしないくせに」

棘を混じらせた声を零し始めた時の事だ。

「エレス」

凛々しい声に名前を呼ばれ、ぱちりと瞬いたエレスは顔を巡らせた。すぐに目的の人物を視界に納め、頬を紅潮させて満面の笑みを浮かべる。

「兄さん!」
「…え?」

男もエレスと同じ方を向いて、その人物を見て、驚愕の表情を浮かべてエレスに視線を戻した。
少し遅れてエレスも男に向き直り、一度両目を伏せると無表情に相手を見やった。

「私、貴方と話したのは初めてだけど、貴方がろくでもない男だっていうのはわかったわ。だって、よく知らない人の事をそんな風に言うんだもの」
「っ…」

エレスの言葉に苦虫を噛み潰したような表情を見せた男は思い通りにならないゲーム画面を見るような目でエレスを見た後、足音も荒く立ち去っていった。
入れ替わるように歩み寄ってきた男―――義兄たるジャックは彼の背中を見た後、すとんとエレスの向かいに座ってすらりと長い脚を組んだ。

「エレス、誰だあの男は」
「知らない人…最近、多いの」

肩を竦めて端末を閉じ、鞄に入れる。近くを通りがかった店員にジャックが頼んだのは、自分がずっと前から変わらず愛飲しているブルーアイズ・マウンテンと、エレスが好んでいるカフェ・ラテ。
愛想良く笑った店員が立ち去った後、不機嫌そうに眉を寄せたジャックは頬杖を付いて鋭い目付きでエレスを見やった。

「まさかとは思うが、いちいちあのように相手をしているのか」
「大丈夫だよ。私の理想は高いからね」

ちろりと舌を出して悪戯っぽく笑えば、その意図を性格に理解したジャックは僅かに口角を上げて目元を緩ませた。
エレスは成長し、思春期になった。つまりいわゆる反抗期を迎えてもおかしくはないのだが、彼女は変わらずジャックを慕っており彼を疎んじる様子は微塵もない。兄として、素直に喜ばしかった。

「ところで兄さん、最近の調子はどう?」
「ふん、この俺を誰だと思っている」
「絶好調なんだ」

ジャックのそれは少々不遜とも取れる態度での答えだったが、エレスはむしろ嬉々とした表情を見せる。

「ねぇ、次の対戦相手はクロウなんでしょ? どう、勝てる?」
「無論だ。例えかつての仲間であっても、負けるつもりは毛頭ない!」

ジャックが力強く頷いた時、店員がブルーアイズ・マウンテンとカフェ・ラテを持ってきた。エレスはにこりと笑って「ありがとう」と言うがジャックは何も言わない。昔からの性格の違いは、今もある。
店員が去っていくと、再び他愛ない話をするために兄妹は視線を交わす。

「でも、クロウだって前よりもっと強くなったから、勝てるとは限らないよね」
「エレス、お前はこの俺が負けると思っているのか」
「えへ。思ってないよ」

肩を竦め、カフェ・ラテに口を付ける。ミルクの甘味より強いコーヒーの苦味に顔を顰め、テーブルに備えられたガムシロップの蓋を開けて投入し、くるくるとかき混ぜる。
一連の動作を見ていたジャックは何も入れないままにブルーアイズ・マウンテンを啜り、その香りと味に満足そうに口元を緩める。

「でも、これからはライバルが多くなるんじゃない? 龍亞だってプロのD・ホイーラーになったもんね」

エレスとジャックは、かつてクロウが所属していたチームに彼の後釜として加入した少年―――否、青年を思い出す。
かつての陽気な表情はそのままに芯の強い面立ちとなった彼は、クロウが「俺なんかよりよっぽど上手くやれるさ」とチームメイトに言い置いたほどの実力をつけている。
しかしジャックはそれすらも一笑に付し、「あんな未熟者に負けるジャック・アトラスではない」と豪語する。
変わらぬ義兄の変わらぬ自信。エレスは両目を細めて笑った。再び口を付けたカフェ・ラテは好みの甘さになっている。

「ねぇ、兄さん。今日は予定ないんだよね?」
「あぁ。それがどうした」

優雅にコーヒーを啜る義兄を見つめ、ぐっと軽く身を乗り出す。

「じゃあ、帰ったら私とデュエルしよ?」
「何?」

カップから口を離したジャックが怪訝な表情を見せる。エレスはにんまりと、人見知りの激しかった幼少期からは想像もできないような挑戦的な笑みを浮かべた。

「最近、剣闘獣だけのデッキに変えてみたの。これでも学校では一番強いんだよ。…ね、お願い。あにさま」

成長するに従って相応の口調になったもののジャックの前では幼少期とほぼ変わらない口調で話すエレスは、いつの頃からか彼を「兄さん」と呼ぶようになった。
それなのに不意に「あにさま」と呼ばれ、不覚にもジャックの心は揺らいだようだった。軽く、本当に軽く。よく見ていなければわからない程度に、アメジスト色の両目が見開かれたのだ。
しかしそれはほんの一瞬の事で、ジャックはすぐに挑戦者を迎え撃つ時の笑みを浮かべた。

「いいだろう。お前が相手でも手加減はせんぞ、エレス」
「手加減なんかしたらあにさまの事嫌いになるもん」
「言うようになったな。だが、この俺に挑んだ事を後悔するぞ」
「あにさまだって。そうやって油断して、私に負けても知らないよ」

そうして顔を見合わせ、王と王妹は勝気に笑った。



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