おつかれさま。
「決まったぁーッ!!」

MCの大きな声が会場に響き渡る。

「デュエルキング、ジャック・アトラス! 挑戦者を薙ぎ払い、今回もその座を守り通したー! 不敗神話は未だ破られない!!」

挑戦者のDホイールが失速し、MCの口上の中、会場に歓声が溢れ返った。
地鳴りすら錯覚させるようなそれを一身に受け、ジャックは人差し指をぴんと伸ばした手を高々と上げた。

「キングは一人。この俺だ!」



++++++



「…あにさまっ」

控え室に戻ったジャックを迎えたのは、ゴドウィンや秘書である深影―――ではなく、小柄な少女だった。
少女はくりっと大きな目を瞬かせ、とたとたと駆け寄ってくる。
それを無表情に確認し、ジャックは緩い溜息と共に口を開いた。

「またか、エレス。家で待っていろといつも言っているだろう」
「ぁ……ごめんなさい。…でも、お疲れ様って言いたくて」

首を竦め、しゅんと肩を落とすこの少女、エレスはジャックの妹だ。
厳密に言えば、事故で親を亡くしたという彼女をジャックが拾って面倒を見ている。柄にもない事だとは自覚していた。
だからそんな事をした理由を問われれば、ただの気まぐれ、もしくはゴドウィンの策だとしか言えないのだが、エレスはそんなジャックに何故かよく懐いていた。
満更、悪い気もしないジャックは彼女を傍に置き続けているのだが―――エレスはいつも、勝手に試合会場に来てはジャックに僅かな苛立ちを募らせていた。
観客席にいたとしても、スタジアムが絶対に安全だとは言えない。故に留守番を言いつけているのだが、普段は聞き分けの良いはずの義妹はこればかりは聞き入れない。
今日こそは理由を問おうと、ジャックは自分を兄と呼ぶ少女の眼前に膝をつき、その顔を覗き込んだ。

「…わざわざ俺を労うためだけに来るのか?」
「うん…」

消え入りそうな声でエレスは頷き、身につけたワンピースの裾をきゅっと握った。

「あにさまには、そんなのいらないかもしれないけど…」
「全くだ。あの程度の相手で、この俺が疲れるはずがない」
「でも、あにさま、Dホイールに乗ってるから」

いまいち脈絡の掴めない返答をされ、ジャックは秀麗な顔を僅かに顰めた。目敏くそれを感じ取ったエレスは困ったように眉根を下げ、「あの、ね」と言葉を続けた。

「Dホイールって、すごい速さなんでしょ?」
「あぁ」
「でも、あにさまは…凄い勢いで飛び出して、レーンに着地して…転んじゃわないかなって…」
「この俺がそんな失態を犯すとでも思っているのか?」

絶対の自信と僅かな不機嫌を混ぜて問えば、エレスはゆるゆると首を振った。

「思ってないよ。あにさま、Dホイールに乗るの、慣れてるもんね? でも…どんなに慣れてても、間違えちゃう時はあるもん」
「………」

言い終えるとエレスは両目を伏せ、きゅっと唇を引き結んだ。恐らくは両親を襲った事故の事を思い出して言っているのだろうと察し、ジャックはそれ以上何も言わない。代わりに、ふん、と鼻で笑った。

「くだらん」
「え」
「エレス。お前はオレを信じていればいい。俺はジャック・アトラス。キングだぞ」
「…うん」
「お前が心配するような事など、何もない。Dホイールの事なら尚更だ」
「………」

くるりと大きな目を瞬かせ、エレスはジャックの顔をまじりと見た。ジャックが視線を逸らさないでいると、彼女はおずおずと右手を伸ばしてきた。小さな小指だけが伸びていて、他の指は畳まれている。

「…じゃあ、あにさま。やくそく、して?」
「約束だと?」
「うん…兄さま、絶対に間違えないんでしょ? 怪我も、間違いも、しないんでしょ?」
「当然だ」
「だから…そういう約束、してほしいの」
「何故この俺がそんな事を…」

言いかけたところで、エレスの顔が一気に歪んだ。最後まで言えば彼女が泣き出す事を察したジャックは慌てて口を閉じ、「えぇい」と頭を掻いた。気まぐれで拾った割には、この小さな少女にペースを乱され続けている。

「………わかった」

伸ばされたままの小指を、少しだけ乱暴に自分の小指と絡ませた。きょとん、と大きな目を更に大きく見開いたエレスが反応するより先に手を放し、立ち上がる。

「帰るぞ」
「……うんっ」

とてとてと寄ってきたエレスが、ジャックの羽織ったコートの裾を控えめに掴んだ。
それぐらいはいいか、と咎めず、彼はすたすたと歩き始めた。



(あにさま、歩くの早い…)
(知るか)
(……ふぇ…)
(Σおい、泣くな!?)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -