金と紫
「何をしている、エレス」
「ん…」

ジャックは首を傾げた。とたとたと幼い歩幅で一生懸命についてきていたエレスが急に歩を止め、ジャックとの距離を開けてしまったからだ。
エレスはある店のショーウインドウをじぃっと眺めている。看板を見れば、多少高級な宝石店。まだ2桁になったばかりの年齢とはいえ、彼女にも装飾品に対する興味があるのだろうか。

「何を見ている」
「…ひゃい」

ジャックが重ねて声をかけてようやく、エレスはその窓から視線を剥がしてジャックに向き直った。そして薄紫の瞳をぱっちりと瞬かせ、それから「…あれ」と先ほどまで自分が見ていたものを指した。子供らしい丸みのある指が示す方を見やれば、そこにはその店の中ではかなり安価な部類に入るらしいペンダントが光っていた。かつりと靴音を鳴らして窓に近づき、じ、とよく見る。さして宝石に詳しくもないジャックでも知っているような、一般的に馴染みの深い、紫のそれ。
金鎖の端に紐で結わえられているはずが、トップの隣にまで降りていた値札を見る。小さな紙切れの中に踊る値段は―――ジャックの今の財力であれば、いくらでも買えるようなもので。
ふっくらした頬を微かに紅潮させてそのペンダントに魅入っているエレスを見下ろし、ジャックは一言。

「あれがほしいのか」
「…え?」
「二度も言わせるな」
「………」

エレスは惑うように薄紫を細め、考え込むように俯いた。多少の苛立ちを感じながらも、ジャックは答えを急かさない。
ジャックとエレスは確かに兄妹だ。しかしそれはゴドウィンが勝手に養子縁組を組んだだけで、彼らには何の心の準備もなかった。そのため、兄妹となって半年が過ぎようとしている今でさえ、関係はぎくしゃくしている。
エレスに至っては急に家族をなくしたと思いきや、見知らぬ男に拾われ見知らぬ青年の義妹に据えられたのだ。元々人見知りだと言っていたし、傲岸不遜を地で行くジャックに対して心を許すのに必要以上の時間がかかるだろう事を、ジャックはよくわかっていた。
彼女が黙っていた時間はそれほど長くはなかった。しかし、お互いの体感時間はその数倍だった。ようやくエレスがおずおずと顔を上げ、口を開く。

「…ほし、い…買って、ください」
「…よかろう」

声だけで答えて店の中に入る。後ろからエレスのついてくる幼い足音がする。「いらっしゃいませー」と愛想良く笑う店員に、ショーウインドウのペンダントをくれと言いつける。カードでの支払い。恐らく買い物というのはこれでいいのだろう、多分。細長い箱に入れられて綺麗に包装され、それを更に紙袋に入れられたペンダントを受け取って店を出る。店から数歩行った所でエレスに無造作に紙袋を渡せば、彼女は喜色満面の笑顔でそれを受け取った。
そしてジャックとエレスの住居に戻った途端、エレスは堪えきれないといった様子で珍しく大きな声を上げた。

「…ありがとう!」
「感謝などいらん」
「ううん…嬉しい時は、ありがとうって、言うんだよ」

今まで見た事のない笑顔でそう言いながら、ソファに座ったエレスは紙袋からいそいそとペンダントの入った箱を取り出した。送れて隣に座ったジャックは何となく罰が悪くなり、ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らした。

「…まだ幼いくせに、装飾品には興味があったか」

何となく面白くなかった。子供は子供らしく、玩具や絵本やカードをねだり、それらを買い与えられて喜んでいればいいものを。エレスはこれまで何かをねだった事はなかったのに、いざ初めてねだったと思いきや装飾品とは。
そんなジャックの様子をみたエレスが、困ったように眉を下げるのが視界の端に映った。何だ、何が言いたい。少なくとも自分は間違った事は言っていないと、ジャックはそう思っている。

「…何でもいいわけじゃ、ないよ」

ぽつんと呟いたエレスは箱のラッピングを丁寧に外し、中のペンダントを摘み上げる。金の土台の中にはめ込まれた紫をジャックに見せる。ジャックが首を傾げるより早く、にっこりと無垢な笑顔が咲いた。

「鎖と土台が金で、石がアメジスト…あにさまの髪と目、同じ色でしょ?」
「―――…!」

ジャックは僅かに目を見開いた。エレスはその反応には気付かず、ペンダントを首にかけた。幼いエレスにはその鎖はやや長く、鎖の長さから想像した位置よりも低いところに紫が踊る。

「あにさま、いつも忙しくて…あんまりお話もできなくて、ちょっと寂しいけど、でも、これで大丈夫」

これであにさまが一緒にいてくれる気がする。そう言って、エレスは微かに寂しそうな笑みを浮かべた。
ジャックはエレスに慕われていないものと思っていた。しかしどうやら、その認識は改めなければならないようだ。一緒にいられなくて寂しいと、その代わりのように装飾品をほしいと、そう思われるほど、自分は慕われている。
瞼を軽く伏せ、すぐに開く。エレスは胸元にある紫水晶をいじっている。その小さな頭に、ジャックは手を伸ばした。片手で掴めてしまいそうなほどの頭骨に手が当たったのを確認すると、滑らかな金糸が乱れぬように頭を撫でた。はっと顔を上げたエレスが、すぐに満面の笑顔になる。
エレスを軽く引き寄せてやれば、腰の辺りに小さな衝撃を受けた。ぐりぐりと腹部に押し付けられる義妹の顔。どうやら自分からジャックに飛び込んだようだ。今まで感じた事のない愛おしさが沸き、ジャックはもう一度頭を撫でた。

「…あにさま、だいすきっ」

幼い義妹の親愛の言葉に同じものを返す代わりに、ジャックはくつりと笑った。





(このシリーズだとジャックが似非になりがちです。困ったもの)



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