マリンネイビー
こんこん、とあてがわれた部屋の扉がノックされた。ベッドでうとうとしていた私はぱっと起き上がり、はい、と声を上げた。

「ジノビオスだ。遅くにすまない」
「…うぁ、はい。えっと…ちょっと待って!」

予想だにしない名前と声を聞いてあからさまに狼狽した。慌てながらも鏡台に向かってざっと自分の格好を見る。少しだけ乱れた髪を手櫛で直し、身体を見下ろして服がよれていないか確認する。一応裾を手で撫でつけて、それからドアを開け、ジノビオスさんを招き入れた。

「どうぞ。お待たせしてごめんなさい」
「取り込み中だったか?」
「ううん、大丈夫。…何か、あった?」

昼間に潜航してから随分と経つ。あまり艦内をうろつくのも良くないと思って時計も見ずに部屋に引き籠っていたから正確な時間はわからないが、夕食の時間は随分前に過ぎたから、もうとっぷりと夜も更けた頃だろう。
つまり隊長さんが来るには遅い時間だから用があるのだろう、と思ったのだが―――ジノビオスさんは予想に反して首を横に振って否定した。

「いや、特には。ただ君と話をしたくて訪ねたんだ」
「…! わぁ…」

まるで口説かれているようだ。この生真面目な人に限ってそんな事はないだろうが、何だか頬が熱くなってしまう。ぱたぱたと軽く両手で頬を煽いでから、私は備え付けの戸棚に向かった。

「それじゃ待ってて、お茶淹れる」
「気を遣わなくていい」
「やだ、私がこうしたいんだもん。ジノビオスさんはそこに座ってて下さい」

やり取りの間に茶葉を取り出す。この客室は食事以外の大概の事が完結できるように設計されているらしく、簡単なお茶会ぐらいはすぐに開けるのだ。
保温機能付きの便利なポットから、お茶を淹れる事に適した別のポットにお湯を注ぐ。中で茶葉が踊るのを確認しながら注いでいると、隣で物音がした。振り向くとジノビオスさんが戸棚からカップを取り出しているではないか。

「あ、座ってて下さいって言ったのにー」
「私がこうしたいんだ」
「む……うーん、じゃあお願いします」

さっき私の言った事を返されては、それ以上私に返す言葉はない。元より疎んでいるわけでもないので、軽く笑った私はそのままお手伝いしてもらう事にして、カップにお茶を注いだ。砂糖とミルクは、この時間だしいらないだろう。入れる方が好きだが、確実に肥える。
備え付けの小さなテーブルをベッド脇に引き寄せ、その上にお茶を注いだカップ、おかわりのお茶の入ったポットを置く。そしてテーブルを挟んで椅子にジノビオスさんが、ベッドに私が、対面するように座る。

「…今更だけど、大丈夫なの?」
「何がだ?」

カップを持ち上げたジノビオスさんが声だけで問うてから、紅茶を啜った。それだけの姿も絵になるなぁ、などという邪念はさておき、首を傾げる。

「だって、ジノビオスさんはここの隊長さんでしょ? 忙しいんじゃないかと思って」
「あぁ、それなら心配はいらない。今日中に終えるべき仕事は終えてきた」
「あ、そうなんだ」

言われてみれば、それは予測に難くなかった。このとても真面目なジノビオスさんが仕事を放り出すわけがないのだ。
そう思うと多少はほっとしたが、ジノビオスさんは「だが」と零した。思わず背筋が伸びる。

「何か緊急事態が起きたら、話は別だ」
「…それはわかってます」

ジノビオスさんに合わせて厳かに頷く。軍の序列や規則などを私はよく知らないが、そういったものを抜きにしても、ジノビオスさんが隊員から慕われ、隊員を大切にしているのは一目瞭然だ。何か起きた時に、そのジノビオスさんを拘束する気はない。
しかしそれは仕事に限った話であって、今私の目の前に座る彼はそこを離れている。それなら、休んだって罰は当たらないはずなのだ。

「…わかってるけど、今はゆっくりしてほしい。かな」
「あぁ、そうさせてもらおう」

細い声での提案をしっかりと聞き拾ってくれたジノビオスさんは、にんまりと深く笑みを刻んだ。いつもの微笑みとは違う意外な表情を見て少し驚いたが、これは得をしたかもしれない。
ブラックティーの甘い香りと少しの苦味を肴に、穏やかな時間が過ぎる。
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