recur
「どうしてこうなったんだろう」

レオン様は椅子に座っていた私に縋りついて、苦しそうにそう言った。お召し物が汚れるだろうに、そんな事を意に介した様子はなく、床にぺたりと膝をついて、私に縋っていた。
私は少し悩んでから、レオン様の柔らかな金髪を指先に絡め、ゆっくりと梳いた。マークス様のような優しい厳しさも、カミラ様のような深い慈愛も、エリーゼ様のような天真爛漫さも、私は持たない。しかし、今のレオン様にはそうする事が正解のような気がした。

「ねぇ、ナナシ…僕は何か間違ってたのかな」
「………」
「努力すれば母上は僕を見てくれると思ってた。でも、母上は父上しか見てなかった。…何が駄目だったんだろう?」

―――何かが間違っていたとすれば、それはレオン様ではなく、母君様でしょう。
喉の奥からそんな言葉が出かかって、すぐに飲み込んだ。ゆっくりとお腹をへこませるように吐息して、その言葉を大気に散らす。
子供は無条件に親からの絶対の安心と愛情を求めるものだ。その両方をもらえなかったどころか、そもそも母君様に一個人としてさえ見られる事のなかったレオン様が、努力を重ねたのは間違ってはいないだろう。間違っていたとしたならば、それはその努力と欲求を無視し続けた母君様の方だ。
けれどもそれを言ってはいけない。私には母君様を糾弾する事は許されない。それはレオン様のお心を殊更に苦しめる事になるし、何より―――私には母君様の気持ちが理解できる。

「…ナナシ」
「はい、レオン様」
「レオンでいい」
「レオン」

小さな頃、まだお互いの身分さえ認識できなかった頃のように、呼び合う。ぎゅう、とレオン様―――レオンの腕に力が篭もった。
いくら魔法に長けているとはいえ剣も得意とする彼の腕は、力強い。線の細い顔立ちとは裏腹にしっかりした体格が隠されているのを、私は知っている。生まれてすぐから同じ乳を飲んで育ち、ある程度大きくなってからも一緒だったのだ。レオンが誰よりも努力家である事を、私は誰よりも知っている。これだけはマークス様やカミラ様にも負けない。
だからこそ、私はレオンの母君様を糾弾する事なく、レオンの問いに答える事ができるのだ。

「レオンはきっと、何も間違っていなかったわ。あのままでよかったのよ」
「じゃあ、どうして母上は最期まで僕を見てくれなかった? どうして、父上ばかり…」
「それは」

言葉を切り、少し考える。ごそごそと持ち上がりかけたレオンの頭を抱えるようにして抱き寄せ、それを制する。私の脈は正常だ。ただ、痺れるように冷たい指先だけは、気付かれてはいけない。
緩やかな呼吸を二度、繰り返した私の名前を、「ナナシ」と拗ねたような声が呼んだ。私にだけ見せてくれる我儘なこの一面は、王子のものではなくただの少年のものだ。
私は薄らと笑って、レオンの細い金髪の隙間から彼の頭のてっぺんにキスをしてから、答えを言った。

「…世の中にはね、愛した人の事しか見えなくなる人が、いるものなの」
「…母上がそうだったって?」
「きっと、そう。そして母君様は、正妃になられる事こそが国王陛下のご寵愛だと、信じて疑わなかったのよ」
「でも、父上はエカテリーナ様やシェンメイ様を」
「そうね」

私は朧ながらに、まだ優しかった頃のガロン様を覚えている。側室を気にかけていないという事はなかったが、それでも正妃に迎えられたあのお二方ほど、陛下のご寵愛を賜った妃はいなかった。

「でも、都合の悪い現実を見つめるのはとても辛い事だもの」
「……母上は馬鹿だね。いいや、僕の母上だけじゃない。父上の寵を争った人達は皆、馬鹿だ」
「そうかもしれないわね。でも、レオンは違うわ」

レオンの側頭部に頬を寄せて、ほんの少しだけすり寄せる。誰かに見られれば大目玉どころではないが、どうせ二人しかいないのだから、問題ない。

「レオンは全部見つめて、受け入れて、それでも諦めずに努力してきたでしょう。…貴方は強い人よ」
「…君も大概、変な人だよね。こんな風に、女に甘える男を、強いって言うんだからさ」
「そう? どんなに強い人でも、気を張ってばかりでは疲れるもの。それを一概に弱さと括ってしまう事はできないわよ」
「本当に?」
「勿論。少なくとも今私に甘えている人は、私にとっては誰よりも強く、かっこいい人よ」

身を乗り出すようにしてぽんぽんとレオンの背中を叩く。身じろいだレオンはそれきり黙ってしまった。
私はもう二、三度、彼の背中を叩いてから、再びシルクのような金髪をゆっくりと梳いた。
もう少ししたら、彼はいつものレオン様に戻られるだろう。そうしたら私も、いつものメイドに戻らなくてはならない。
けれどもそれまでは、こうして幼い乳兄弟に帰るのもいいだろう。
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