鮫の歯
「凌牙くん、最近いい感じだねぇ」

急にナナシがそう言うので、凌牙はぱちくりと瞬いた。

「何だ、急に」
「雰囲気が柔らかい」

ぐっと背に体重がかかる。璃緒と同じぐらいの、普通に抱えてしまえる程度の、しかし何より確たる重み。
伸びたナナシの背骨が自分の背骨の上でぽきんと音を立てるのを聞きながら、視線はふいと別の方向を見やる。

「否定しないねぇ」
「荒れていた自覚ぐらいある」
「そういうところがいい感じだと思うんだよな」

ふつふつとささめくようにナナシが笑う。凌牙はむっと眉を寄せるが、何を言うでもなく胡坐の上に頬杖をついた。猫背になった分、ナナシの重みが深く感じられる。

「この一年ちょっと、そういう凌牙くんを見てなかったからねぇ」

幼い頃、それこそ両親を亡くす前から付き合いのあるナナシは、璃緒の見舞いに来ても彼女が起きているかのように振る舞った。荒れて道を踏み外した凌牙を見てものほほんと笑っていた。
そのあまりにのんきな笑顔に苛立った事も少なくないし、荒れていた時は近づくものかとすら思っていたが、今はこうして受け入れられる。
それはきっと、新たにできた友のお陰―――だけでは、ない。

「お前は変わらねぇな」

変わらない。彼女はいつでも笑って、落ち着きを取り戻した凌牙が顔を合わせられずにいても、何も言わずに自分から寄り添った。
追及しない。怒らない。責めない。今日はいい天気だねぇ、とか、あの授業退屈だったな、とか、他愛ない話をする。

「のんきでぼんやりしていやがる」
「いやいや、ぼんやりはしてない…してないよね?」
「そう確認するところなんかな。…いい加減退け」
「んー。今度は凌牙くんがもたれる?」
「誰が」

背から離れた重みに反論して振り返る。ナナシはやはりのんびりと笑って凌牙を見ている。
少しだけ、本当に少しだけきまりが悪くなって、凌牙はすぐに視線を外した。

「まぁ、ほら、私はさぁ」

後ろから手が伸びて、凌牙の頬を包む。他の相手なら振り払うだろうが、許している。

「ちょっと前の凌牙くんの荒々しさも、今の凌牙くんのそういう感じも、全部まとめて好きだから。変わる理由っていうか、原因? そういうのがないんだよねぇ」
「物好きめ」
「あぁ、うん、それは自覚がある」

けらりと笑い声が聞こえる。全く、この少女は掴みどころがなくて困る。綿毛のようにふわふわしていて―――ああ、しかし凌牙は、間違いなくその在り方に癒されているのだろう。
ふん、と鼻を鳴らしてナナシの手を引っ張る。ぐぇっと色気も何もない悲鳴があって、ナナシを背負う形になる。退けと言ったくせに、その重みが心地良くて口元が微かな笑みを引く。

「…凌牙くんって、本当に素直じゃないねぇ」
「うるせぇ」
「そういう凌牙くんが好きだから言うんだよ」

一方的に掴んでいた手がくるりと回って、凌牙の手を取る。柔らかな丸みのある手。決して凌牙を拒まず、といって求めもせず、ただ受け止める手。
指先でその手の甲を軽く叩いて、ぽつねんと呟く。

「―――お前のそういうところは、俺も嫌いじゃねぇな」
「へ」

ぽかん、と口を半開きにする様子が目に浮かんで、凌牙はくっくっと軽やかに笑った。
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