Proud
迷惑をかけていたわけではない、と思う。
私の体質を正しく理解していたのはパーシヴァルただ一人だった。彼はその体質を秘匿する制御装置としてローブと青炎の兵装をくれた。彼は私のために心を砕いてくれていた。
過去形で語らなければならないのが腹立たしい傍ら、多少どころでなく安堵してしまったというのが紛う事なき事実である。

「よォ騎士サマ。死ぬ決心はついたか?」
『何度誘われても断る』
「そいつは残念だ」

ちっとも残念ではなさそうに、ナイトミストはけたけたと笑った。
彼の船に連れてこられて何日が経ったか、深海での活動が多い上に海上戦はやけに短い時間で終わり、時間に無頓着で時計を必要としない不死者の巣窟―――とあっては私に知る術はない。食事の回数から考えると一週間程度かと思うが、さほども空腹ではないのに持ってこられたり、空腹で反応も疎かになってからようやく持ってこられたり、妙にばらつきがあったのであまりあてにならない。面倒臭い。

『そう言われると殺さない理由がわからなくなる』
「ほーん。つまり死にてェと」
『…話の通じない男はフラれるよ』
「嫌よ嫌よも好きの内、つーのはオマエらの格言だったな」
『消滅すればいいのに』
「今ントコその予定はねェよ」

どんな罵詈雑言を返そうが一事が万事この調子で、少なからず苛立っている。それが数日か数週間か、とにかく続いているとあらば、溜息も零れようものだ。

「ま、オレ達は奪うのが信条だが。どうせならオマエの『意思』も丸ごと奪った方が面白ェだろ」
『…趣味の悪い』
「ならオマエらの好きな『説得』ってヤツで同じ土俵に乗ってやろうか。―――なァ、騎士サマ。何故誘いを断る? 悪い話じゃねェだろ」
『…は?』

予想していなかった疑問に眉を顰める。ナイトミストはいつものように飄々と笑っていて、真意を推し量ろうにも難しい。

「違うか? オマエはこっちにいた方が気楽だろうよ」
「―――……」

二の句が継げずに黙った。どうしてこの男は、粗暴で悪辣で残虐で人を人とも思わぬくせに、どうしてこんなにも。
睨む私が面白かったのか、ナイトミストがげらりと声を上げて笑った。

「オマエの声はニンゲンには毒だが、オマエはその制御ができねェだろう。四六時中アレを聞かされれば大抵はオマエの傀儡になる。だから普段は何かしらの手段で抑制してンだろ? 兵装はあくまで出力の補助みてェだからな」
『…黙れ』

頭が冷え切って、そんな短い言葉しか接ぐ事ができなかった。
なんて悔しい。なんて浅ましい。なんておぞましい。―――私は確かに、ここの方が気楽だと思っている。
青炎に負い目が全くないとは言えない。彼らは私を―――私が唯一誇るべきこの声を、そこに否応なく乗せられる魔力を評価してくれている。だが私はこの体質をひた隠している。それを知らないから、彼らは分け隔てなく私に笑いかける。前後不覚まで酒を酌み交わし、額を突き合わせて論議し、拳を合わせて笑い合う。長年の友がそうするように。
居心地の悪さはない。ただ尻の座りが悪い。
翻って、こちらはどうだ。ナイトミストは私の体質を知っている。一目で看破した。私の手には余るこの魔力を、それを遥かに上回る魔力で児戯のようにねじ伏せる。私が腹を立てれば子供をからかうように笑う。まるで何でもない事のように。実際、こいつにとって私は取るに足らぬ、しかしあれば困らぬようなものなのだろう。その程度の扱いなのだ。
どちらが息を詰めずにいられるかなど、言うに及ばない。

けれど。それでも。
この胸に宿るものが、確かにあって。
―――冷えていたはずの頭が急激に熱くなるのを感じた。

『私は、青炎の騎士だ』

ひょっとしたら、これは。私が初めてできた宣言だった。
何よりも強い矜持が、彼らだけは裏切れぬと諦めるように名乗らせていた私を叩き伏せ、青き炎を宿らせる。ナイトミストが面白そうに片眉を上げ、私の兵装を見た。私が以前のように庇う事はない。
―――構うものか。奪えるものなら奪ってみろ。兵装が手元を離れたところで、私はもう揺らがない。

「ハァン」

ナイトミストが数度、頷いた。今まで見た中で最も確たる表情を浮かべていた。
納得の首肯と。愉楽の笑みと。―――明確に過ぎる敵意。

「イイぜ。ナナシ」

その時ナイトミストが私の名をはっきり呼んだのは、きっと意思の表れだった。私を敵と見做す、その意思。

「近い内にオマエは騎士団に帰す。安心しろ、これは違えねェよ」

疑問符を浮かべる間はなかった。コートを粗雑ながら典雅に翻したナイトミストは、不気味なほど静かに部屋を去っていった。扉の閉まる音さえ立てなかった。その名の通り夜霧のように、まるでここに来なかったかのように。
光を散らして蒼い石に立ち戻った兵装を見下ろし、さっきまでだったら、と思う。さっきまでだったら、その行動にすら恐怖しただろう。けれども。
信徒が十字架をそうするように、兵装を握った手を組んだ。細くも丈夫なチェーンの先に在るこのちっぽけな兵装が、今の私の武器であり、拠り所であり、誇りである。恐怖などするものか。そんな暇はない。私には考えなければならない事が山ほどある。どう謝るべきか、どう報いるべきか、どう応えるべきか。
いや。そんな答え、とっくに決まっている。

『――――光を歌え、虹を歌え』

私はパーシヴァルのように剣が堪能なわけではない。アグロヴァルのように俊足でもない。エルドルのように絶対の防御を展開する事もできない。カレティクスのような獰猛さも持たない。
けれど。私は彼らの持たない歌声を持っている。私がいなくても十分に強い彼らは、私を評価してくれている。それが過大評価であったとて構わない。いくらでも訓練を積んでやろうとも。私が彼らの元へ帰り、面と向かって謝罪し、そしてこの先もその信頼に応えるためには、この歌声が必要だ。

『…私はナナシ。青炎の騎士だ』

誰にともなく、名乗る。今の私にとって、それはこの上ない鼓舞だった。
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