同一異人
死んだものと思っていた。最後に見た彼は、どう見ても助からないような傷を負っていた。息も絶え絶えに、それでも気丈に振舞う彼の手で戦場から逃がされたのを、ナナシはよく覚えている。
ところがどうだ。ブラスター・ダークが設立し、ナナシも所属する事となっている新しい部隊―――撃退者の長だという男は、彼そのものだった。

「…生きてるとは思わなんだよ、―――」

ナナシがよく知った名を呟こうとしたのを、竜の爪のような篭手で覆われた指先が遮る。小刀のような刺激を受けて口を噤むと、彼は首を横に振った。

「モルドレッド、だ」

短く告げられた後、指先が離れた。上唇に残る刺激を紛らわせるように指先で軽く掻いてから、ナナシは首を傾げて彼を見上げた。

「…今の名前か?」
「あぁ。モルドレッド・ファントム」
「ファントム…な。…少し失礼するぞ」

唇を払った指先がすいと宙を舞う。それを追うようにごく単純な単語の軌跡を描いた魔力の光が、両者の瞼に残像として残る。
少しの沈黙の後、ナナシは糸屑を払うように指先を泳がせて魔力光の筋を掻き消し、盛大な溜息を吐いた。

「失礼した。なるほど、そういう事か…あいわかった。では私もモルドレッドと呼ぼう」
「…変わらんな。疑心の強い気性も、攻撃にも防御にも秀でぬその魔術も」
「気性は生来、魔術はそれが理由だ。そうそう変わるわけなかろうが。失礼を承知で言えば、あの後も傷心にさえ浸らなんだ」
「……く」

唇の端を歪めるようにして、撃退者の長は笑った。あかく燐光を伴った双眸が可笑しそうに細められ、曙の淡い紫を帯びた銀の蓬髪が揺れた。
ナナシはその様子を見て再び溜息を吐いた。彼のこんな表情を見た事はない。ナナシの知る限り、彼はこんな風に嘲るような笑みを見せる男ではなかった。

「確かに、お前は昔からそういう女だ」
「…いろいろと違うものを揃えておきながら、どの口がそんな事をのたまうか」
「ふは」

ナナシが不機嫌面で銀糸をぐいと引けば、彼は殊更愉快そうに笑った。笑いながらやんわりと、しかし荒っぽい手つきでナナシの手を払った。払われた手を一度ひらと振ったナナシはまた溜息を吐いた。今日だけでこの男に何度溜息を吐かされた事だろうか。

「…記憶は残っているのだな?」
「双方」
「ならば私は御身の魂を見定めさせて頂く。あの時と同じ事になろうものならば私の独断で対処させて頂く。よろしいな?」
「好きに」

彼は銀糸を揺らして迷いなく頷き、ナナシはその様子を見て先の言葉は杞憂に終わろうと予測した。元より彼の内に宿った魂は本来そういった高潔なものだ。それを取り戻し、過ちを認めた彼が―――彼らが、聖域に刃を向けるはずがない。
もし万が一そうなったら、と考えながらくるりと指先を回す。攻撃にも防御にも秀でぬと彼が評した彼女の魔術は、封印や傀儡化といったアングラな方向へ特化している。魂はさておき肉体が変わっていないのであれば、そういった対処は一人でもできよう。

「…聖域を想うのは御身だけではない」
「無論、重々承知している。お前だけではない事も、な」

再び逡巡なく頷いた彼の表情は湖面のように穏やかで、ナナシはふっと肩の力を抜いた。彼だけではない。自分だけでもない。当然だ。そうでなくては彼は別のものを得てまでこの場にいなかっただろうし、彼女は旧友の意思を無視してその心身を操る決意など固めなかった。
己の決意が無駄に終わる事を望みながら、ナナシは曖昧に微笑んで見せた。





(「モルドレッド」の名を知るエルフがいなかったという事は以前は違う名前だったのではと)
(それを書きたかっただけなので迷走もいいところでした)



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