etanimod
「最近上の空だなぁ」

ゆったりと口元に笑みを浮かべたナナシが前の席の椅子に座った。笑ってこそいるが、こいつが茶化すような意味で笑っているわけではない事ぐらい、わかっている。

「お前もだろ?」

いつものように笑って言ってやれば、ナナシは笑みを深めた。同性のオレから見てもこいつの笑顔は綺麗な部類だと思う。女子にモテるわけだ。
オレの席の机に肘をついたナナシは緩く握った拳に顎を乗せ、頬を関節に沿わせるように首を傾げた。

「流石。同じ事で悩んでるだけあって察しがいい」
「何でわかんだよ。聞いてもいねーだろ」
「ぼくらが上の空になるぐらい気にかける事なんて、一つしかないだろ」

尤もだ。気にかかる事が「それ」じゃあなかったら、その中心人物が「あいつ」じゃあなかったら、少なくともオレはナナシに指摘されるほどぼんやりする事はなかった。
思わず苦笑すると、ナナシは肩を竦めて吐息混じりに笑った。困った時とか焦った時とか、あまり良くない時のナナシの癖だ。

「…カードキャピタルには? 行くか?」
「いや。…できるなら、オレ一人で決着つけてぇんだけど…」
「あぁ、そうしたいなら好きにすりゃいいさ」
「へ」

思わぬ返答に目を瞠る。ナナシの事だから、てっきり「そんな事をぼくが許すとでも?」とか言うかと思ったのに。
間抜け面を晒す羽目になったオレにナナシはくっくと楽しそうに笑って、とん、とオレの胸元を指先で軽く叩いた。

「お前らの間には誰にも立ち入れない絆がある。勿論、ぼくだって立ち入れない。…それでいいんだ。ぼくは理解者にはなれない。弱音だって引き出せない。でもお前ならそれができる。だからタイシ、お前がそうやって一人で立ち向かうと決めたのなら、ぼくはそれを尊重する」

そこで一度言葉を切ったナナシの目が、すぅ、と細められた。

「ま、その代わりと言うか。ぼくはぼくで好きにさせてもらう」

にっこりと笑みを深めたナナシはそう言って指先を離し、ポケットから取り出したカードを裏向きに置いて席を立った。
鞄を持って教室を出て行くナナシを見送ってから、机に置かれたカードを表にする。

「…随分と丁寧な餞別だな、おい」

4枚のドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンドが、手の下に広がっていた。



++++++



あの時オレに手渡されたはずの暴竜と共にオレの前に立ちはだかり、オレを睨み据えるナナシに笑みを向ける。気後れしたように微かに肩を引きつらせたナナシは、それでもオレに笑みを返した。

「…随分余裕だな、タイシ? ぼくに勝てるつもりか?」
「当たり前だ。…櫂の邪魔をする奴は誰であろうと潰す」
「………」

肩を竦めて、吐息混じりの、笑い声。ナナシの、よくない時の癖。だ。

「タイシ。お前はトシキを止めたかったはずだろう。どうしてこんな事をしている?」
「あいつの傍にいる奴がいて、悪いか?」
「随分歪んだな」
「へっ」

思わず笑った。―――歪んだなんて、そんな事はオレ自身が一番よくわかってるのに、何でわざわざこいつは指摘するんだろうなぁ。
いつも一人で無茶をしている、いつも一人で思い悩んでいる、幼馴染。今回も一人で劣等感を抱え続けて、あいつはこんな事態を招いた。
間違っている、とオレは止めようとした。止められなかった。櫂の心を動かす事さえできなかった。あいつはたった一人で、泥沼のような闇に身を置いて、強さを求め続けている。誰も彼も、自分でさえも、傷つけて。挙句、あんなにも歪んでしまった。
リバースされたオレは間違いを自覚しながら、それでも、櫂を孤独にする気にはなれない。オレだけでも、あいつの味方でいなくちゃならない。ナナシの言うとおり、これだって歪みなんだろう。わかっている。それでも。

「それでも…あいつを一人にしてやるわけにはいかねぇんだよ」
「…よーくわかった。その腐った目ェ覚まさせてやる」

ぎらり。猛獣のようにナナシの瞳が閃いた。本気で怒った時、こいつはこういう目をする。今の怒りは何に向けられているのだろう。オレにか、櫂にか、それとも、ナナシ自身にか。まぁ、今のオレには関係のない話だ。

「お前にはできねぇよ。ナナシ。お前の思いは、オレには届かねぇ」

―――オレの思いが、決意が、櫂に届かなかったように。
オレの飲み込んだ言葉を汲んだのか。それとも推測するためか。つ、とナナシが目を細めた。遠くを見るような視線。
ややあって、小さく吐息したナナシの口元が緩やかに弧を描いた。

「根性論は好きじゃないんだが―――一応、こう言っておこうか。…届くか届かないかはお前に決められたくない。ぼくは何が何でもお前に届かせると決めた。…安易に否定するなよ。痛い目を見るぞ」
「さぁて? 痛い目を見るのはどっちだろうな? …オレの、ターン」

不撓不屈の竜が反転する。
呪われし力よ。狂気に飢えた刃よ。絶望よりも深き絶望を与えよ。
呪われし咆哮で、全てを無に還せ。

―――暗黒の支配者よ。





(今更感が否めない気がしますがどうしても書きたくなったので)
(この後夢主は負けます。三和のリバースを解除するのはミサキの役目なので夢主は勝てません)
(タイトルは反転させれば意味が成立します)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -