Dragonic eye
その人が騎士団に混じって訓練をしているところを見た事がなかった。表舞台に立つ事がないとはいえ一部隊の長を務めているのに、だ。食事をしているところも見た事がないし眠っているところなんてもっての他だ。しかしその実力が衰えているなどという話は聞かない。体調を崩したという話も聞かない。そもそも怪我の報告さえ少ない人だった。
だから、たまたま寝付けなくてたまたま外に出た今日のこの夜、曙紫を帯びた銀糸が月光を浴びて海面のようにひらひらと光るのを見つけたのは、きっととても希少な経験なのだろう。
浮遊の術式を組んで窓を開け、外に出て滞空しながら閉める。彼から距離のあるところにゆっくりと着地して、足音を立てないように近づく。バレないようにしたのは、邪魔をしたくなかったから、邪魔をする事で中断させたくなかったから。
どうやら彼が行っているのは剣術の稽古のようだ。それも基礎の動き。素振りと言うよりは、剣を振るに当たって身体をどう動かすべきなのかを確認しているようだ。振り上げる、同時に足を前へ、振り下ろして、足を引き付ける、止まらずに横薙ぎ、袈裟懸け、逆袈裟、彼の剣の形状であれば必要ないだろう刺突に至るまで、一つ一つを丁寧に。同じ動作を何度も繰り返すのは、きっと、気に入らないところがあるからなのだろう。
月光を弾いて淡く蒼を混じらせた曙紫は極光のようで、視線をひきつける。常は高く結い上げられている銀糸は今は降ろされていて、身体が転回するたびに気高い御旗のように尾を引く。綺麗だ、と何の掛け値もなく思った。ただ基礎をなぞっているはずの動きが洗練された舞のように見えたのは、きっと、あの極光色の魔力でもあるのだろう。
しばらく一定の動きを繰り返していた彼は動きを止め、同時に剣先を下ろした。近くの壁に立てかけていた鞘の中にそれを納めたところで、こちらに視線が向いた気がした。

「…趣味が悪い」

息の一つも乱れていない、落ち着いた声音が向けられた。飛び上がってしまいそうなのを堪えて数拍、黙って見ていたのを咎められたのだとやっと気付いた。
あ、と掠れた声を零せば、彼―――モルドレッドは微かに片眉を上げて私に向き直った。もとい、顔を向けた。視線は合わない。縦長の、赫。

「…邪魔を、したくなくて」

すいと顔を背けられる。…許されたのだかそうでないのだか、そもそも訓練を中断したのだって私のせいなのかキリが良かったからなのか、いまいちわからない。
以前ならば。彼が頭角を現し始めた頃合なら、こんな風に彼と言葉を交わす事はなかった。姿を見かけるだけで、私は彼に強烈な畏怖を抱いてしまって、呼吸さえできなくなってしまったから。こうして彼に近づく事ができるようになったのは、ごく最近の事なのだ。

「…一つ、いいですか」
「………」

視線を噛み合わせないまま、何かしらの呪いでも受けたのかと疑いたくなるほど、彼は微動だにしなかった。催促も制止もない。
彼のこの沈黙が何を表しているのかを読み取れるほど、私は彼と親しくはない。だから―――都合よく、解釈した。

「目を。見せて下さい」

ひくりとモルドレッドの眦が反応した。月明かりの下だからこそ認められたその反応は、けれどやはりすぐに元の鉄面皮に押し隠される。
暫し考えるような間があって、モルドレッドが動いた。壁に立てかけていた鞘に刀身を納めて、つ、と滑るように私の傍へと来た。浅黒い肌にかかる曙紫の銀糸は、淡い光の下でも強烈なコントラストをなしていた。
そうして、長く剣を振るい続けている証明でもある無骨な手が、長い前髪をすいと上げた。いつも銀糸の隙間から覗く左目と、後生大事に隠されていた右目が、しっかり見えた。

「―――あぁ」

声と言うにはあまりにも細く。吐息と言うには判然と。感嘆とも確信とも取れない音が、私の口から零れた。
時間にして数秒。もしかしたらもっと短かった。ぞろりと下ろされた紫銀が元のように右目を隠した。

「…もういいだろう」
「はい。…どうもありがとうございます。すみませんでした」
「お前なら構わない」
「…光栄です」

モルドレッドに想いを寄せる人が聞けば期待してしまいそうな台詞だ。思わず笑いそうになって、肩を竦める事でそれを誤魔化した。
私達の間に恋愛感情は存在していない。ブラスター・ダークを除けば、私がただ一人、彼の正体を知っているから、今の彼の発言は「今更目を見られたところで何も変わらない」、という意味だ。昔、は饒舌だったくせに、今、はなかなかに言葉の足りない事だ。

「そろそろ戻ります。少し冷えてきました」
「そうか」
「貴方は」
「休む」
「では一緒に?」

彼の部屋は私の部屋の上の階にある。途中までは、一緒に行く事になる。というのは首を傾げてから思った事で、本当はこの流れで私一人がさっさと姿を消すのが不自然だと思っただけだ。断られたらそれはそれ、頷かれたらそれもそれ。
しぱりと一度瞬いたモルドレッドは壁伝いに城を見上げて、私に向き直って、嗚呼、と頷いた。…確りと、私を、見て。

「そうしよう」

笑みを向け、頷き返して、私はモルドレッドと連れ立って歩き始めた。音もなく隣で揺れる銀糸が美しい。この角度からでは彼の目は見えない。
そういえば窓は閉めたけれど錠は流石に閉められなかったなぁと気付いて、部屋に戻る前にちゃんと閉めないと、と私はぼんやり考えた。




(拙宅モルドレッドのほぼ捏造設定:右目が金。竜眼。左目が赤。元の目。どっちも瞳孔が縦長。守護竜と融合したのならそれぐらい許されると思いたい)
(というわけでタイトルが単数形なのは右目だけを尊重したからです)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -