Carm marine
サヴァスと元ジノビオス隊のアクアロイドの話をリメイクしたものです。
※途中はほぼ原形を留めておりません。




副官の姿を見ていない、とサヴァスが気付いたのは、午後の業務の合間の時間だった。訓練を終えた兵士は各々が艦内で思い思いに過ごしているが、彼女の姿だけは見られなかった。
考える前に外を見た。よく晴れており、穏やかに凪いだ海だ。今頃、マックスが喜んで甲板に出ている頃だろう。そして、恐らく彼女もそうだ。彼女は日光を好んでいるわけではないが、海を愛してやまない。特に今日のように穏やかな日には呆けたような視線で海を眺めている事が多い。それでも外に出る事はなく艦内で漂っている事が多いが、もしかしたら。
少しだけ考えて、サヴァスはこつりと足を向けた。愛馬を連れ、マックスの威勢の良い声を甲板から聞きながら、バタリーブーム・ドラゴンに「すぐに戻る」と告げて船を出た。
ケルピーに跨ってゆったりと海上を歩いてしばらく、見慣れた白い軍服に身を包むアクアロイドを見つけた。

「ナナシ大佐」

声をかけると、仰向けに浮かんで顔の上に軍帽を乗せていたナナシは「…んぁ」とくぐもった声を零して軍帽のつばを指先で持ち上げた。ゆらゆらとたゆたいながら、浅瀬のように碧がかった海色の瞳が緩やかにサヴァスを見た。

「ここにいたのか」
「…サヴァス少将…」

もたもたと怠惰な仕草でナナシが姿勢を正そうとするのを、片手で制した。サヴァスは彼女を咎め、連れ戻す目的でここに来たのではない。しかし口をついて出たのは、そんな心情とは裏腹に咎めるような響きを持っていた。

「水に浸るだけなら艦内でもいいだろう」

淡々とした物言いに後悔に似たものを感じるが、しかしそれは事実だった。アクアフォースの船はハイビーストやマーメイドが常駐できるよう、ハイドロエンジンを応用した技術を駆使して水で満たされるようにしている。サヴァスの率いるこの隊の艦も例外ではない。
ナナシは「んー」と首を傾げ、顔から離した軍帽をゆらゆらと指先で弄んだ。弄びながら、のんびりとした調子を崩さずに答えた。

「海の方が、どうも好きでして…」
「そうか」
「それに、ほら…今日、いい天気ですし…マックスに、付き合わされる、かなー…なんて…」
「…あぁ、そういえば」

それはもうアクアフォースという涼しげな響きに似つかわしくないほどの暑苦しい声を上げていた、と思い返してサヴァスはゆっくりと頷いた。ナナシもくつくつと笑う。弄んでいた軍帽がその手から零れ落ち、海水に浸った。拾い上げた軍帽を絞りながら、ナナシはほんの少しだけ緊張した声音で問いかけた。

「…いいんです? 連れ戻さなくて」
「構わない」

即答してから、緩やかに首を傾げる。長い髪がぞろりと流れるのを感じながら、すぐに言葉を接いだ。

「が、もし異変があればすぐに連れ戻そう」
「異変…例えば、海賊船を見つけた…とか…?」
「…それもあるかもしれないな。海賊行為があれば取り締まらなくてはならない」

絞った軍帽をばたばたとはたいたナナシは目を細めてあらぬ方向を見た。そこに海賊船があるわけでもないが、何か思いを馳せでもしたのだろうか。
視線を戻したナナシは湿った軍帽を無造作に被り、サヴァスへ向かって緩やかに泳いだ。潮の流れに紛れてしまいそうな緩やかな波が微かにケルピーの脚をくすぐるが、愛馬は微動だにしない。

「…少将の、事だから…そんな事じゃ…戦わない、ですよね」
「無為な争いは私の望むところではない」

ナナシが、ずっ、と水上に立つのを見ながら答える。どうやらもう気は済んだらしく、彼女は海水を自らを構築する水に引き入れる事で軍服や髪を乾かした。乾かしながら、サヴァスの言葉に目を細めて笑って、真っ直ぐに彼を見上げた。

「そういう、少将が…好きですよ…」

眩しそうに目を細めるナナシの言葉を受け、サヴァスは少しだけ口元を歪めた。笑みとも奇異ともつかない変化にナナシが気付いたかどうかはわからない。
それを誤魔化すようにナナシに手を伸ばすと、きょとんとした表情が返った。軽く手を揺らしてようやく意図に気付いたらしい。ナナシはへらりと笑ってサヴァスの手を掴み、彼に引き上げられるままにケルピーの背に跨ると「ありがとうございます」と細く礼を言った。
引き上げるだけ引き上げて、馬首を艦へ戻すでもなくサヴァスは少しの沈黙を置いた。ナナシが部下らしくもなくその背に体重を預けるのを感じながら、口を開く。

「…貴官は」
「ん…?」
「私を臆病者だとは言わないのだな」

敬遠もしない。
ぽつりとサヴァスの呟いた言葉にナナシは顔を上げ、首を傾げた。

「…言われたいんですか?」
「どうでもいい。だが、私に分け隔てなく接するのは貴官とアンドレイぐらいのものだ」

アンドレイはまだわかる。アクアロイドとしては規格外のサヴァスの力を、その一端を見ている。だからこそ真っ直ぐに信頼を向けてくれる。
しかし、ナナシは何も知らない。サヴァスは彼女の前では前線に立った事はない。そもそも武器を抜いた事さえない。それなのに何故、という思いは、少なからずあった。
ナナシはゆったりと笑みを深め、間を置かずに答えた。

「私は…サヴァス隊の副官です。…それだけです」

少将を謗らないのも、信頼するのも、それだけで充分です。そう、ごく単純に告げられた言葉が心地良かった。
「そうか」と常の静かな口調で返しはしたものの何となく気恥ずかしくなって、サヴァスはゆるりと手綱を引いた。その動きに従って愛馬が艦へと引き返す。

「…サヴァス…少将」

今のこの海のように凪いだ声で呼ばれ、サヴァスはナナシを見やった。ふぅ、と笑みを湛えたままの副官が、やはり緩やかな口調でゆっくりと告げた。

「…私は、貴方が好きですよ」

しぱ、と瞬く。ナナシは興味を失ったように顔を伏せてしまって、その表情を窺い知る事はできない。

「…そうか」

小さく微笑んで、サヴァスはいつものように淡々と頷いた。




(アクアロイドの生態に関しては捏造です。水の上に立つとか水を引き込んで〜とか)
(同じくケルピーの水上移動に関しても捏造というかこうだったらいいなーぐらいの気分です)



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