雨空
屋上の給水タンクの下の日陰が、晴れもしくは曇りの日の昼休みにおける凌牙と天音の定位置になった。遊馬をはじめ騒がしいメンバーがいるし、璃緒が彼らと結託して凌牙達をその騒々しさに巻き込もうとする事は多々あるものの、適度に騒がしくもそれなりの静寂を得られるその場所は、彼らの気に入りの場所たり得た。
今日はその場所に、凌牙と天音以外の気配はない。空は鈍く曇り、今にも雨が降ってもおかしくはないと思わせた。広げた弁当や制服が濡れては適わない、と遊馬達は教室で昼食を摂っている。
並んで座った彼らは特に会話もなく曇天の下でもくもくと弁当の中身を食べ進めている。時折箸を止めた凌牙が呆とした表情をしては、天音についとつつかれて、再び弁当にがっつく、といった事を繰り返しながら。

「…ごちそうさまでした」
「…ごちそうさん」

凌牙の方が食べる量は多いがスピードが速い。天音は少食気味ではあるが食べるスピードが遅い。そんなバランスの下では弁当の中身を空にするタイミングはほぼ同じになった。
てきぱきと弁当箱を片付け、どんよりとした空を二人して見上げる。会話はやはり、そこにはない。

「あ」

ぽつん、と天音の指先に濡れた感触。手を持ち上げてしげしげと眺めれば、確かに水滴の跡があった。腰を落ち着けているコンクリートを見下ろせば、そこにもひとつ、ふたつ。
眉尻を下げた天音が念のためにと持ってきていた折り畳み傘を広げようとして―――凌牙がその手を遮った。ぱっと天音が振り返れば、じっとりと鋭い目つきで睨む凌牙と視線が合う。
彼の言いたいところを察した天音は微かに苦笑して折り畳み傘を下ろし、その代わりに凌牙の肩に身を寄せた。完全に雨をしのげるわけではない。それでも、凌牙の座る場所の方が、いくらかはマシだから。―――という、誰に告げるでもない、建前。
凌牙は天音の腕をぐいと引いて己の足の間に座らせ、璃緒よりはいくらか丸みのある身体を後ろから抱きしめた。くすくすと嬉しそうに笑いながら、回された腕を天音の指先がなぞる。
ぱたぱたと降る雨が凌牙と天音の脚を濡らす。あと数分もすればもっと大量の水滴が降り注ぐのだろう。流石にタオルは持ってきていないから、適当に理由をでっち上げて保健室にでも行くのが得策だろうか。

「濡れちゃいますね」
「あぁ」
「いいんですか?」
「お前がそれを訊くか」
「ごめんなさい」

くすくすと笑って、天音は凌牙の腕を擦った。宥めるような、あるいはあやすような手つきに凌牙は不愉快そうに微かに身を捩り、しかし彼女を放すでもなく腕に力を込めた。
ただ単純に濡れてもいい、のではなくて、濡れてもいいから空を見ていたい、のが凌牙の本音だろう。傘を差したら多少なりと上の視界は遮られてしまうから、彼はそれを厭ったのだ。

「しばらくは屋上でお弁当を食べるのは無理かもしれませんね」
「あ?」
「明後日までは雨の予報です。その後も降ったり降らなかったりするそうです。食べてる最中に降られたら困るでしょ?」
「………」

そういえば璃緒が同じ事を言っていた気がする。凌牙が思わず顔を顰めると、ぐいと仰ぐように振り返った天音が苦く笑った。

「そんな顔しないで下さい。この時期が過ぎれば晴れますよ」
「…そうだな」

ぎゅ、と凌牙の腕に力が篭る。その分だけ二人の身体は密着して、雨が降っているとはいえ暑さを感じた。それでも離れない。離れようと思う事さえもない。
ずぶ濡れの足に冷たさと重みを同時に訴えるまで、二人は静かにじゃれるような会話を続けた。
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