許されざる慈悲
同じ中学校に通っている神代凌牙くんを見ていると、私の心は俄かにざわめきました。それはまるで足りない部分が補おうとするかのような、そんな感覚でした。
ですが、私はこの中学に入学するまで、神代くんの事を知りませんでした。なので、その感覚にはいつも悩まされていました。だって、初めて見た男の子にそんな感覚を抱いたのは初めてでしたし、ろくろくお話をした事もないのにその感覚が膨れ上がるなんて事も、初めてだったのです。
神代くんといえば、双子の妹さん、璃緒さんを見ていても私は似たような感覚に陥りました。ですがそれは神代くん…ええと、凌牙くん。凌牙くんに抱くような感覚とは少し違っていて、やはり私は首を傾げる事になっていました。
でも、今となってはそれはとても単純な話なのだと思えます。堪えきれずにぼろぼろと涙を零して私をきつく抱きしめる彼は、私の夫だったのですから。
ウェーラ、と締め付けられるような声で呼ばれる名前は私のものではありませんでしたが、間違いなく私の名前でした。今の名前は違えど前世での名前がウェーラであり、私がそれを思い出した以上、ウェーラというのは私の名前なのです。なので、私も彼の事を、ナッシュ様、とお呼びする事にしました。
ナッシュ様は涸れてしまうのではないかと心配になるほど大粒の涙を流して、何度も、何度も、私への謝罪を口にしておいででした。

「すまん、すまない、ウェーラ」
「ナッシュ様、謝らないで。謝らないで下さい」
「…すま、ない」

震えるナッシュ様の背中に手を回して緩やかに擦ると、ナッシュ様は私を抱きしめる腕に力を込めました。それは縋るような仕草で、私はナッシュ様の嗚咽を聞きながら、自分も涙を流すのを堪えきれなくなりました。
生来気高くいらっしゃるナッシュ様がこうも顔を歪めて謝罪の言葉を口にしていらっしゃるのは、私を置いて亡くなってしまった事を悔いての事でしょう。ナッシュ様と違い、バリアンではなく人間に転生した私の住まう世界を、これから侵略しなければならない事に対してでしょう。

「ナッシュ様。お願いです、謝らないで下さい。私は…わたくしは、とても、幸せなのです」
「何で、俺は今から、人間界を」
「でも、ナッシュ様。貴方はわたくしを思い出して下さいました。わたくしは貴方を思い出す事が出来ました。わたくしはそれだけで幸せです」
「何でだ、人間界がなくなったら、お前は、もうここにはいられないのに」
「その時は、今度こそ間違えずに、バリアンとして生まれ変わります。今度こそ、最期までナッシュ様に添い遂げます」

わたくしはナッシュ様の服を掴んで、ナッシュ様を抱きしめる力を強めました。
過去、わたくしは今際の際に、もし転生できるのならナッシュ様のお傍にいられるように人間に生まれ変わりたいと強く願いました。その願いは最も皮肉な形で成就されました。
もし、これからナッシュ様のなさる事が原因でわたくしが消えなければならないとしても、それはナッシュ様のせいではないのです。ナッシュ様が異界に転生なさった事を知らず、わざわざその敵方とも言える人間に転生してしまったわたくしのせいなのです。
そう申し上げても、ナッシュ様は泣きじゃくってふるふると首を横に振るばかりでした。ご自分が悪いのだと思い込んで、傷ついておいででした。わたくしは、ナッシュ様のお傍にいられるのなら、人間界がどうなっても構わないというのに。

「…ナッシュ様。どうか、ご自分をお責めにならないで」
「ウェーラ…、……ウェーラ…ッ」

ひく、と声を詰まらせたナッシュ様の背を擦り、頭を撫でると、ナッシュ様はずるずるとわたくしに縋るような、あるいは許しを請うような姿勢をとりました。あんまりにもその様子がお労しくてならなかったものですから、わたくしは堪らずナッシュ様の頭を抱えるようにして抱きしめました。
ナッシュ様はお優しい方です。こんなにも苦しんでおられるのは、わたくしだけが原因ではないのでしょう。神代凌牙くんや神代璃緒さんは九十九遊馬くん達と仲が良かったはずです。きっと、彼らと敵対しなければならないのが、ナッシュ様にとっては苦痛以外の何者でもないのでしょう。
きっと、どんな言葉をもってしても、ナッシュ様のお心に突き刺さる痛みを取り除いて差し上げる事はできません。ナッシュ様はそういうお方です。ナッシュ様は昔から、ご自身に対してあまりにも厳しく生きておられました。
わたくしの服を濡らして幼い子供のように泣いておられるナッシュ様を抱きしめ、わたくしはナッシュ様の頭に小さくキスを落としました。





(とりあえずナッシュというか凌牙というか、彼を泣かせたかっただけです)
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