薫風
さやさやと吹き渡る風が心地良い。ハットクリップで固定した帽子の下で目を細めた。薄らとベージュに染まった空は、西を向けばまだ夜の紺を湛えたままなのだろう。風は錆っぽくありながらも澄んだ匂いの空気を運んで、私達の―――私とXの鼻腔を擽る。

「…寒くはないかい?」

隣を歩くXに声をかけられ、軽く帽子を押さえてそちらに視線をやった。最近は気を張っている事の多い彼にしては珍しく、穏やかに微笑んでいる。少し嬉しくなって、私も微笑んだ。

「うん、大丈夫…と言いたいけれど、少し、寒いわね」

今の私は普段の服に加えて薄手のコートを一枚羽織っている。Xは研究員時代を髣髴とさせるような黒のハイネックとズボンに、薄らと青みがかった白のコートを着込んでいる。
それだけでも充分に暖かいといえば暖かい。最近は冬の厳しい寒さも過ぎて、日中なら暖房のお世話にならなくても済むようにはなっている。
けれど外、それもまだ日も昇らない時間とあっては少し肌寒い。いくら上着があると言っても、だ。

「ならもう帰ろうか。身体を冷やすのは毒だ」
「…そんな事を言う前に、この距離をどうにかしてほしいわ?」

この距離、と視線を揺らした。手を繋ぐには少し遠い、けれど明確に離れているかと言われるとそうでもない、そんな距離だ。
Xはそんな私を見ては愉快そうに目を細めて、首を傾げた。

「おや。私は君が恥じらってこの距離を保っていたのかと」
「私の方こそ、引っ付きたくないのかと」
「それはありえない」

くつりと小さく笑ったXが私に手を伸ばす。私も笑い返して、その手を取った。そのまま身体を寄せて、ぴたり、ひっつく。Xはそのままくいと腕を引いて、満更でもなさそうに微笑んだ。
コート越しだから、明確に体温が伝わる事はない。けれど繋いだ手は、冷えた指先は、Xのコートのポケットに収納されて温かい。そこからじんわりと徐々に温かさが広がっていく。

「…あったかい」
「それはよかった。…水を差すようで悪いが、帰るのかな」
「んん…Xはどう? 帰りたい?」
「君がよければ、完全に日が昇るまでは歩きたい」
「あら、ふふふ。私も同じ」

嬉しさに笑って、私は寄せていた身体をもっと密着させた。歩きにくさを感じるほどに。勿論、帽子の鍔が当たらないように気遣って。
歩きにくいでしょうに何も言わずくつくつと笑っただけのXに笑い返して、空を見上げた。
まだまだ西の空は深い青を浮かべている。少し視線を動かせば淡く碧に、ベージュにとグラデーションがかかっている。
…太陽が全身を現すには、まだ、もう少し。




++++++

巽桜華様リクエストの「X相手のとても甘い夢」です。甘くはしたつもりですがとても…とまではいかなかったような。
ちゅっちゅうふふで誤魔化す悪癖が発動しなかっただけマシでしょうかね。べたべたうふふはしていますが。
駄文ばかりかつマイペース過ぎるサイトですが楽しいと仰って頂けて嬉しいです。巽様、リクエストと感想をありがとうございました。



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