一発逆転
「…ナナシ。何をしている」
「何って」

自分より少し背の低い後輩くんを見下ろし、私はすこぅし、首を傾けた。

「ちょこーっとセクハラでもしてみようかな? って思ってね?」
「やめろ」

後輩くんもとい真月零くんは不愉快そうに紫苑の瞳を歪め、唾棄するような声でそう言った。威圧的だけど、零くん。私に壁ドンされていながらその顔では、ちょーっと迫力が足りないね。
するんと零くんの制服のシャツを捲り上げて、細いお腹を指先で撫でてから、掌全体で腰を撫でてみた。零くんがぴくんと反応する。

「やめろ!」
「はいはい怒鳴らない怒鳴らない。ちょっとでいいから」
「この…っ」
「あ、反抗したらアストラルに貴方の事ぜぇんぶバラしちゃうよ? いろいろ、ね」

にこー、と意地悪く目を細めて笑えば、零くんは非常に嫌そうな顔をして大人しくなった。
現状、彼が何故ここにいるのか、何を目的に九十九くんに近づいたのか、アストラル―――厳密には彼の住まう世界の住人と何の関わりがあるのか、知っているのは私だけなのだ。そして私がこのタイミングでアストラルにいろんな事を暴露するという事は、彼の計画に少なからずの支障が出るという事で、自分の計画が狂う事をとても厭う彼にとってそれは非常に望ましくない事だろう。
案の定、この殺し文句は最適だったようで、零くんは悔しそうな顔をして私を突き飛ばそうとしていた腕を下ろした。いい子、と頭を撫でて額に軽く口付けて、背中を撫で擦る。

「っ…く…」
「素直に声上げてよ…零?」
「………」

いつもと違って呼び捨てにしてみる。毅然とした表情で、零くんは私を睨み据えた。…耳まで赤らめてその表情では、意味がないと思うんだけども。
それにしてももしかして、お腹とか腰とか背中とか、あんまり零くんのそういうポイントではないんだろうか。

「ねぇ零。声、聞かせてよ」
「…君が、この行為をやめたら、いくらでも」
「何それ」

頬を膨らませかけて、慌ててそれをやめた。今の私は零くんを手玉に取る先輩でなければいけない。年相応の、子供っぽい顔なんて見せてはいけないのだ。しかしそんな決心とは裏腹に、俄かに焦りが募るのを感じていた。
こんな事を、それも脅しまでしておきながら、私はこういった行為が非常に苦手だ。零くんの滑らかな肌を這う手にぎこちなさが出ないように、挑発的な笑みが強張らないように、どれほど努力をしているかしれない。この労力を他の事に向けろよと自分で思う程度には、虚勢を張っていた。
何故か。それは非常に単純でしょうもなくて、けれど私にとってはどうしても遂げたい目的のためだ。もっと単純に言おう。私は「警部」だという彼のペースを崩したくて崩したくてしょうがない。いつもいつもいつもいつも私は「警部」の彼にペースを乱されてはあの全部見透かしたような穏やかな微笑みでくつくつと笑われてしまうのだから、これはつまり、仕返しなのだ。

「まぁいいや」

溜息を吐いて零くんの首筋に顔を近づける。ほんの少し上気して、微かな汗の匂いと、それでも零くんの匂いの方がよほどか強い、そこ。を、舌先でちろりと舐めた。

「ひ」

びくりと零くんの肩が跳ねて、私の顎を軽く押し上げた。緩く噛んでしまった舌を引っ込めながら零くんを見上げると、しまった、と言わんばかりの表情で苦々しく視線を逸らしていた。なるほど、零くんは首筋が弱いらしい。

「零くんかわいー」
「それはどうも…嬉しくないが」
「あん、褒めてるのにぃ」

自分でも吐き気を催すほど甘ったるい声で笑って、もう一度零くんの首筋に顔を埋めた。オレンジの髪が頬をくすぐるのを感じながら、制服の襟を顎で押しのけて、健康的な男子よりもほんの少し色の薄い肌に、吸い付いた。ん、と堪えた声が頭上から聞こえる。…可愛い。
す、と顔を離すと、すぐに襟が立ち上がってしまった。が、隠れる一瞬、綺麗に咲いた紅を見つけたので結構満足した。
零くんの「らしくない」表情を見れたしもういいか。そう思って顔を話し、ついでに身体ごと彼から離れようとして―――くるん、と視界が回った。次いで背中にどん、という衝撃、私の目線より少し低いところから据わった視線を送りつける、零くんの怒りの表情。

「―――ナナシ先輩」
「…へぇい」

「後輩くん」の口調と「警部」の声音。身の危険と共に唇の端が引き攣るのを感じた。これはもう、零くん、激烈に怒っている。
ぐぐぐっと肩を押し下げられる。その痛みにたまらず膝をつくと、零くんが覆い被さるように身を屈めた。畜生、あっという間に形勢逆転だ。

「おいたがすぎるぞ。それに、中途半端だ」
「…へぇい」
「大人しく君の攻めを受けているのも悪くはなかったが、これでは警部として示しがつかない。―――君に、罰を与える」

激怒の表情に艶然とした陶酔を混じらせ、零くんは私の唇を自分のそれで塞ぎにかかった。
反抗したら、って言ったのは私が仕掛けてる途中だったからなぁ。もう時効かなぁ。まぁ、元々零くんにどっぷりはまっている私には暴露するつもりなんてこれっぽっちもないし、零くんだってそれをわかった上で、遊び半分に私の悪戯を受け入れて、いつもよりちょっと手酷く扱う口実を得て、こうしてるんだろうけど。
諦めにも似た感情に瞼を下ろすと、少しばかり乱暴に顎を捉えられて、べろりと頬を舐め上げられた。
また私の負けか。零くんには生涯敵いそうにない。





++++++

ルキナ様リクエストの「よかれの先輩と警部との甘、微裏あり」です。甘…甘…くない…いや二人の間ではこれは愛満載のじゃれあいなんです。(しどろもどろ)
巷では攻め警部が非常に多いので受け警部なんぞ書いてみました。最終的に攻めに回りましたが。
書き慣れない警部夢を素敵だと仰って頂けてとても嬉しく思いました。ルキナ様、リクエストありがとうございました。



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