あまかける
「ドルベ。彼の王の下へ向かうのか」

マントを翻して天馬に跨り、今正に飛び立とうとしていた英雄を呼び止める。彼、ドルベは私を見て、困惑したような、それでいて聞く耳を持たぬと言わんばかりの表情を見せた。

「君らしくもない質問だな、アルコル…私が彼の危機に駆けつけないと思うか?」
「いいや。そんな事は思っていない。だから止める気もない」

彼の王―――ポセイドン海の連合国を統べる年若き王は、ドルベの無二の親友だ。義理堅く律儀で、それでなくとも心優しいドルベが、その王の危機を見過ごすはずがない。自身までもが危機に晒されるとわかっていても、その危機の全てを一人の友が背負う事の方が、彼にとっては耐え難い事なのだ。
それがわかっているから私は彼を止めない。止めたとして、彼が首を縦に振るとも思えない。私の制止など振り切って、愛馬を駆って彼の王の下へ馳せ参じる事だろう。ならば、止めるだけ無駄だ。別の方向に労力を使った方がいい。

「…止める気はないが、貴方についていく気はある」

唇の端を持ち上げ、手にした折り畳みの弓を軽く掲げて見せると、ドルベはほんの一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした。彼の事だ、恐らく私が怪我をするのが嫌なのだろう。過保護な人だ。
だが、私とて駄目だと言われて引き下がるつもりはない。それを熟知しているドルベは、諦観の溜息を零してから私に腕を伸ばした。

「もし君に何かあったら、安全な場所で降ろすぞ」
「その時はどこかの馬を借りようかな」
「馬なら今目の前にいるじゃじゃ馬だけで充分だ」
「上手い事を言いなさる」

軽口を叩き合いながら私からも腕を伸ばせば、彼は私の背を掬い上げるようにして馬上に引き上げた。近づいた彼の首筋に片腕を回し、片腕は弓を軽鎧のベルトに取り付けてから同じように彼の首に回せば、「いつもの位置」の完成だ。
ドルベが手綱を操れば、天馬は一度嘶いて空を駆けた。私一人分の体重が増えたからといって、その速度や高度に衰えはない。主に似て気高く、そして力強い天馬だ。
あぁ、それより、深海の王よ。その妹姫よ。どうか無事でいてくれ。私達が辿り着くまで、どうか耐え抜いてくれ。
祈るように腕に力を込めた私に、ドルベはふわりと安心させるような口付けをくれた。
その挙動が微かに震えていた事を知っているのは、恐らく彼自身と私だけだろう。



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