なにがたりなかったのか
皮肉なものだ、とアルコルは目を細め、くずおれて滂沱の涙を流すナッシュを見下ろした。
いつだったか、彼は深海色の瞳に絶対の矜持を湛えて言った事がある。

―――俺の名は、「破軍」ベネトナシュからつけられたそうだ。

北の空に浮かぶ巨大な柄杓の形を象る七星の一つで、その加護を得られれば戦に勝てるからと、先王である父が名付けたと、少年のような面差しと一人の人の子としての矜持を持って言っていた。
確かに彼はベクターとの戦に勝った。しかしそこには彼が守らなければならなかった民の、何よりも愛した妹姫の犠牲があった。
自分のせいだと、自分が弱かったせいだと、自分が軽率だったせいだと、どこまでも己を責める今のこの若き王にとって、先に語った言葉はどんなものなのだろう。この勝ち戦は、彼にとってほんの欠片でも良い意味を持っているのだろうか。考えるまでもなく、「否」としか思えない。かける言葉もなく、アルコルはナッシュから目を逸らした。

(…何故)

自分よりも若い、まだ少年とも呼べるこの青年に、こんな重圧がかかるのだろう。
妹を喪った激情に駆られていたとはいえ、ナッシュはそれでも確かに民を、兵を想っていたし、道中で出くわしたイリスを―――メラグによく似ていたのも多分にあるかもしれないが―――保護するだけの優しさも持っていた。戦況を分析するだけの冷静さも持ち合わせていたし、それでも感情が先走ったとはいえ、目に余るような不足は特になかったはずだ。
緩く緩く、傷の痛みを吐き出すようにして吐息したアルコルは夕暮れの空を見上げた。

(もっと彼の重圧を和らげる方法はなかったのか)

確かに戦には勝てた。だがこんな―――皮肉としか感じられないような勝ち戦は、彼の心を壊してしまう。負け戦と同等か、それ以上に。
慟哭の中、アルコルはきつくきつく唇を噛み締めた。





(「ベネトナシュ」を語源とするなら「ベネト」の部分が足りない、かなぁと思って。)
(あとナッシュの経緯や立場を考えるとベネトナシュの伝承は本気で皮肉としか思えなかった。)



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