おでかけしましょ
朝早くに起きるのは幼い頃からの日課だ。水汲みとか朝の食事の支度とか日が昇った後の狩りのために弓の弦を張るとか、やる事がたくさんあったからだ。それらの必要性がなくなった今でも、早朝の空気を吸わなければ何となく落ち着かない。
冬が近い今の時期、寝巻きだけでは肌寒い。かといっていつもの装束に着替えるには、少し時間が早すぎる。少し悩んだ後、装束の一番上に着るものを引っ掛けて頭巾を被り、部屋を出た。足音を殺して見晴らしの良い廊下を歩く。
早起きの習慣は抜けないくせに起きてすぐに着替える習慣が抜けてしまったのはこの国に雇われてからの事だ。実に平和で、穏やかで、静かな国。できる事ならばずっとこの国にいたいと、顔を出し始めたばかりの太陽に照らされ薄らと薄紫に光る雲を見ながら思う。

「…アルコル?」
「うん? …あ、ドルベ。おはよう」

奇妙な感傷に浸る思考を破ったのは低く潜められた声だった。振り向けばいつもより幾分ゆったりとした装いのドルベが微かに目を丸めて立っていた。

「おはよう。…随分と、早いのだな」
「故郷にいた時からの日課だ。そう言うドルベも、こんな朝早くに珍しい」
「…何となく、目が覚めてしまったんだ」
「二度寝でもすればよかったのに」
「それも思ったが…そうすると、恐らく寝過ごすからな。そのまま起きてきた」
「ふは、なるほど」

ドルベの言葉にくつりと笑う。何とも律儀な男だ。多少寝過ごしたところで、彼なら咎められる事もあるまいに。
そう、出会ってから何度も思った事だが、彼はとても律儀な男だ。高い実力に奢る事のないその律儀さは、恐らく彼が民や他の兵士から集める人望の源なのだろう。

「だが…ちょうどいい。アルコル、今日はどこかに出かける予定は?」
「ん? …特にないな」
「それなら―――よかったら、私と出かけないか」
「は」

思わぬお誘いに目を丸めた。荷物持ちとして狩りへの同行をと提案される事はあれ、ドルベからこういった誘いを受けるのは初めてだ。
珍しい事が続くなぁ、などとぼんやりと考える私は当然その間ぽかーんと口を半開きにしたまま黙りこくっていて、それを見たドルベは些か困ったように眉根を寄せた。

「…下心は…多少、あるが……その、変な意味ではないんだ」
「………馬鹿正直な男だな、貴方は…」

多少なりとも下心があるなどと公言され、心の底からそう思った。思えばドルベが嘘をついた事は一度もない。少なくとも、私は彼に嘘をつかれた事がない。
呆れと感嘆と共に冷静さが戻ったのを感じ、緩く吐息して軽く米神を押さえる。

「…下心はさておき、何故またそんな事を? 随分急な話だが」
「急、なのはすまない。…君に会わせたい人物がいるんだ。二人ほど」
「私に?」
「私の友人とその妹君だ…今は、それだけ言っておく」

今は、か。つまりその友人と妹君とやらには何かしらやんごとない立場があるのだろう。英雄と崇められるドルベと友人になれるだけの、そのドルベが私には現時点で明かしたくないと思うだけの、立場が。
多少気にはなったが、今言及してもドルベは話さないだろう。それに、無理矢理に聞き出したとして、もしその立場とやらが私の忌避するようなもの―――我ながらなかなか想像がつかないが―――だとしたら、貴重なドルベからの誘いを無碍にしてしまう。それは勿体ない。こうして悩んでいるぐらいなら…何も考えずに彼の誘いに乗った方がいいかもしれない。
そう思った途端、ぐるぐると頭の中を巡っていた思考はひたりと纏まった。

「…ん。よし、是非ご一緒させて頂こう」
「そうか。―――よかった」

ほう、と吐息したドルベはあからさまに安堵の表情を浮かべていて、これまた珍しい事に緊張していたようだった。女っ気のない彼の事だ、恐らく異性を誘った事などこれまで一度もなかったのだろう。かく言う私も家族以外の異性から外出の誘いを受けた事などこれまで一度もない。

「で…いつ出るんだ?」
「朝食を食べた後に、準備が出来次第」
「わかった」
「では、そろそろ私は部屋に戻る」
「ん。また後でな」
「あぁ」

踵を返したドルベをある程度見送ってから、私はもう一度外に目をやった。薄紫だった雲は淡い橙に染まり、先ほどまでとはまた違う趣の美しさがある。これが完全に日が昇れば、ドルベの愛馬を思わせる真白に輝くのだから、空模様は見ていて飽きない。
しかし流石に、そろそろ寒い。私も部屋に戻ろう。着替えれば今の格好よりずっと暖まれるはずだ。重ね着をする装束だから、そうでなくては困ると言った方が正しいかもしれない。
着替えたら朝食まで何をしよう、と考えながら、私は部屋に戻った。





(続きます)



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