その温度は喜びから
月明かりさえない宵闇に溶ける漆黒のコートに包まれながら、人外の温度とひやりとした夜風に目を細める。仮面のようなメット、その下からファントムの闇色の目が私を見やった。

「…冷えるか」
「…いいえ」

大丈夫、と首を横に振る。本当は少しばかり寒いのだけれど、我慢できないほどではない。部屋に入ってしまえばいいのだろうが、そうすると彼は私から離れてしまう。それは、寒さを我慢して風邪を引くよりも嫌だ。
ファントムは軽く両目を伏せて「左様か」とだけ言って、ほんの少し身体を動かした。同時に私の身体を覆う布の面積が少しだけ増える。…ファントムには何でもお見通しのようだ。

「…ファントムは優しいわね」
「急に何を言い出す…?」
「急だなんて…初めて会った時からずっと思っている事よ」

こうして無言で気遣いをしてくれる時も、時々エックス様や他の四天王の話をする時も、いつも思っている。ファントムは優しい。
私の言葉に何を思っているのか、ファントムは無表情のまま微動だにしない。照れている…という事はないだろう。それは想像が付かない。むしろ、涼しい顔をして私に睦言を囁く彼に対して私が照れる事の方が断然多い。

「拙者が優しい、のだとしたら」

そっと、ファントムの腕に力が込められた。レプリロイドの彼には体温がないから、こうして密着しても私の身体が温まる事はまずない。コートのお陰で冷える事もないのだけれど。
首を巡らせて顔だけファントムに振り返る。ばちりと視線がかち合って、刹那、ファントムの表情が微かに緩んだ。

「…それだけ、ナナシを愛おしく思っているから、だろうな」
「―――」

今が夜でよかった。そして新月でよかった。きっと、彼には私の顔色の変化は見えていないはずだ。いくらレプリロイドだって、四天王が特別高性能に作られていたって、私の真っ赤に染まった顔は、見えていない、はず。
そう思っていたのに、ファントムは珍しくくつくつと低く声に出して笑って、こう言うのだ。

「顔が紅いぞ、ナナシ」
「…っ!」

バレていた。認識が甘かった。そうだ、ファントムは隠密行動や諜報活動に秀でているのだから、暗視機能ぐらい持っていてもおかしくはない。そこまで頭が回らなかった。
顔を正面に戻して、後頭部をファントムの胸元に預けた。最後にふすりと零して笑いを納めたファントムは、逃がすまいとするように私を抱え込み、また囁いた。

「…愛している」
「…知っていますー」

だって私も同じ気持ちですもの。とは言わなかった。だってそんな事を言ったらまたこっちが恥ずかしくなるような事をのたまわれるに決まっているから。ただでさえ、それを見透かしたように笑われて恥ずかしいというのに。
気付けば肌寒さはちっとも感じなくなっていた。




***


陽兎様リクエストの「ゼロかファントム相手で甘々夢」です。今回はファントムで書かせていただきました。
ファントムはシリアスイメージが強すぎて甘いのはなかなかの難産でしたが、楽しく書かせていただきました。
私信混じりですが。陽兎様、リクエストとコメントをありがとうございました。陽兎様も体調にお気をつけ下さい。



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