Deja Vu
この国の王子はとても残虐だ。気に入らないものは片っ端から処分する。処罰、などという表現は生易しい。彼の下す決断に、相手への尊重や慈悲といったものは存在しない。それどころか実に愉しそうにその眸とくちびるを歪め、首が飛ぶのを見ている。
この国の王女はとても冷酷だ。王子が狂気的な愉楽を以て他者の命を蹂躙するのを、ただの一度として止めない。ただ単に彼女が王子の行動を制する事を自分自身に禁じているのだと、その事実を知っている者はほとんどいない。王子と王女以外には。
私は考える。王子は、私の片割れである彼は今日も、いつもの声で、いつもの表情で、いつものように笑って、いつものように誰かを処分するのだろう。
私は考える。王女は、彼の片割れである私は今日も、いつもの部屋で、いつもの表情で、いつものように黙って、いつものようにそれを見届けるのだろう。
けれど違った。その日は城内が酷く慌しかった。多少の驚きは感じたものの、私はすぐに事態を察した。どうやら私達は捕らえられるらしい。頭の中に片割れの怒号と哄笑が響く。私達には片割れと「繋がる」瞬間がそれなりにある。恐らく片割れは今、ふんじばられているのだろう。肩と背中が痛んだ。あぁ、今取り押さえられたのか。
ぎしぎしと嫌な感覚を訴える関節を無理矢理に動かして、棚から短剣を持ち上げる。片割れの声が聞こえる。「死ね」「ナナシ」「死ね」「テメェら全員」。このままだと私は彼に要らぬ苦痛を与えてしまう。私が取り押さえられれば、彼に余計な苦痛が行く。それは、駄目だ。どの道死ぬのなら、この場で死んでしまおう。あぁほら、もう小うるさい足音が聞こえてきた。
言いたい事だけを掻い摘む。「死ぬさ」「死ね」「さようなら」「来世で」。彼には聞こえただろうか。常人であれば耳に障る、私にとっては耳に心地良い、甲高い哄笑が頭に響いた。
私はげらりと笑ってから、鞘から抜き払った短剣で心の臓を突き刺した。迷いなどあるはずがなかった。きっと逆の立場だったら、彼もまたこうしただろう。私は片割れを愛していて、彼は片割れを愛しているから。
けれど流石に痛かった。もしかしたら片割れにも同じ苦痛が行ったかもしれないが、人間の精神を削ぐに最も有効なのは持続する痛みだ。私が取り押さえられ、拷問でもされたら、彼はそれを味わう事になる。だからこれは私のためでもあるがお前のためだ。
私の愛する愚かな王子、どうか、どうか、私を恨まな―――

「オイナナシ」

不意に名を呼ばれ、私はぴくりと肩を震わせた。ぐるりと視線を巡らせれば、オレンジの髪の下から覗く紫の双眸がとても面倒臭そうに細められているのを見つけた。今のビジョンは…? 記憶が混濁して焦りにも似た混乱を感じる。それをひたすらに押し隠して、何事もなかったかのように口を開く。

「…どうした、ベクター」
「どうしたァ? そりゃこっちの台詞だ、馬鹿。目ェ開けたまま寝てんじゃねェぞナナシちゃんよぉ」

饒舌にそう言ったベクターの顔色は良くない。それにいつもならもっともっと饒舌に私を罵倒するのに、それもない。この遺跡に来てから私達はずっとこうだ。この遺跡はよくないのだと、ほぼ本能的に感じている。ベクターの神経を逆撫でする。私はそれに共鳴するかのように苛立つ。ベクターとはこういう事が間々あった。ベクターが感じる痛みを私が同じように感じたり、私の見ているものがベクターに見えたり、そういう事が。しかし毎日のようには起こるが四六時中ではなく、思っている事まで伝わる事はない。それがどういう事なのか私は知らない、私とベクターの間に何があるのかも、私は、知らない。人間で言う「双子」のような存在なのだろうとドルベに言われ、それに納得した記憶はあるが、それはあくまで仮説でしかない。根本の部分を何も知らない事に、変わりはない。
目を伏せ、奇妙に波立つ心を抑えるために胸元に手を当てて深呼吸する。再び目を開いて、すぐには口を開かずに辺りを見渡した。ブラック・ミストとかいう、あのナンバーズはいない。それを確認してから、真っ直ぐにベクターを見据えた。

「…ベクター、さっきの、見えた?」
「あァ? 急に何言ってんだテメェ」

嘲弄するように唇の端を歪めたベクターを見据えたまま、私は目を細めた。こればかりは真面目に答えてほしい。この男に真面目さを要求する事自体が間違っているのかもしれないが、それでも、だ。

「ふざけずに答えろ。今私が見えたものは、お前には見えたか」
「だから何を……いやちょっと待て。テメェ、何か見たのか」
「…さっきからそう言っている。だから私が見たものを見たかと訊いているんだ…が、その様子だと見ていないらしいな」
「あー見てねェ見てねェ。で? そういうテメェは何を見た」

返された問いに答えようと口を開いて、すぐに噤んだ。あれは何と言ったらいいのだろう。ただのビジョンや白昼夢ではないだろう事は本能的に感じた。ではあれは何だ。よくわからない。だが見覚えはあった。何故?

「…オイ」

痺れを切らしたように舌打ちしたベクターに幾分低い声をかけられる。無視したと取られただろうか。私にはそんなつもりはないが、こいつにとっては知った事ではないだろう。

「…身に覚えのない記憶」
「ついに頭おかしくなりやがったかァ? 意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ、ナナシちゃんよォ」
「うるさい。それ以外に説明できないんだ」

下卑た笑みを浮かべるベクター。私は軽く顔を顰めながら答える。
あれはきっと私の記憶だ。でなければ見覚えがあるなどと思うはずがない。だが私のどこを探っても、あんな記憶はない。何だ、これは。何の矛盾だ。わからない。
そういえば、私達が出立する直前にバリアン世界に帰還したドルベが同じような体験をしたと言っていた。知るはずのない遺跡の伝説を知っていたのだと。この遺跡と私達に、一体何の関係があるというんだ。何故七皇に数えられるベクターには何も見えず、私にはあんなものが見えたのだ。

「…ナナシ。顔色悪ィぞ」
「…そういうお前は気色が悪い」

ベクターに顔を覗き込まれ、私はわざと荒っぽく足を踏み出した。常から下衆が具現化したような態度を取るベクターは、時折だが私にこんな気遣いをする。正直なところ不気味でしょうがない。一抹の嬉しさからは、あえて目を背ける。

「早くナンバーズを回収するぞ。…あまり長居したくない」
「ンヒャヒャ。なら遊馬達が早く着く事を祈っとけ」

常人にとっては耳に障る、私にとっては耳に心地良い、ベクターの甲高い笑い声。…さっき見たビジョンでも、私はこんな事を思っていたな。何の関係があるのだか。自分の記憶だという確信は得たのに、何の事かわからん。難儀な事だ。

「…私の愛する愚かな王子」
「あ?」
「何でもない」

ナンバーズが納められているはずの場所へ足を進めながら、私の一言から先は互いに無言になった。
私の愛する愚かな王子、か。王子という一点を除けば、私がベクターに向ける感情そのものだ。私の愛する愚かなベクター。お前が私にも同じ事を思ってくれていたら。
なんて、そんな事は何をされても言うつもりはない。




***


桜様リクエストの「ベクターと双子で前世とその後のお話」です。「その後」の方に比重が偏ってしまっていますが。
双子というとテレパシーがあるとかないとか聞きます。実際がどうなのか、管理人は知りませんが。あったら面白いなーという事でこんな感じに。
桜様、お祝いの言葉とリクエストをありがとうございました。



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