致命的な不理解
治安維持局の長官に就任された三人のうちの一人、プラシド様はとても短気でいらっしゃるらしい。怒鳴り声が聞こえたとかイェーガー副長官に初対面で斬りかかったとか、多少の尾ひれ背びれが付いているだろう事を考慮するにしても、プラシド様は「短気なエピソード」には事欠かない。
しかし治安維持局に勤務しているとはいえ、ただの平社員である私はあの方にお会いした事はない。だからその情報には首を捻らざるを得ない。自分の目で見ていないのに、どうして噂を鵜呑みにできようか。…友人には「図太い」と言われてしまったけれど、これは紛れもなく本心だ。
だがそもそも私は平社員だ。何度でも主張しよう、私は平社員なのだ。平社員。それはつまり、何かの手違いでも起こらなければ長官というこの街のトップには会えないという事だ。私なんかよりそこらにいる記者の方が、よっぽどプラシド様に近づく機会は多いだろう。
―――そう思っていたのに、何だこの状況は。

「…あのぉ」

白いフードを目深に被った男の人に声をかける。フードの下の赤い隻眼(だと思う)が不機嫌そうに細められる。
恐らく、いや、間違いなく。この人はプラシド様だ。治安維持局長官の、プラシド様だ。…それが何故、私の眼前におわすのだ!?

「…プラシド、様?」

プラシド様は微動だにせず私を見下ろしていらっしゃる。何だこの人。何なんだ。あ、それにしても綺麗な顔立ちをしていらっしゃる。しかし腰に下げた剣が怖い。あぁ、お昼休みが刻々と過ぎていく。私のお昼ご飯が遠ざかる。

「―――貴様」
「はい」
「名は何という」

ようやく口を開いたかと思えば、プラシド様は淡々とした声音でそう仰った。対面した感じ、怖いが短気ではなさそうだ。やはり噂は噂でしかなく、この件に関して言えば多少どころではない尾ひれ背びれが付いているようだ。

「ナナシ、といいます」
「…この時間、空いているか」
「え? いえ、空いてませ…」
「空いているな?」
「へ、あ、ちょっと」

プラシド様は私の手首を掴んでがつがつとヒールの音を立てながら廊下を歩き始めた。質問の意味がないよ、プラシド様。もしかして時間的にお食事をなさりたいのだろうか。きっとそうだろう。プラシド様の血色が良くないのは、ご飯を食べておられないせいだ。そうと決まれば私はプラシド様を食堂にご案内しなければ。

「プラシド様」
「黙れ」
「食堂はそっちじゃありませんよ」
「…何?」

プラシド様の足が止まって、赤い目が再び私を振り返った。あ、やっぱりご飯にしたかったんですね。失礼にならないようにプラシド様の手を解いて、今度は私がプラシド様の手を取る。

「お腹が減ってらっしゃるんでしょう。こっちですこっち」

長官に就任してまだ日の浅いプラシド様は、きっとこの建物に慣れておられないのだ。だから食堂の方向を間違えたのだろう。
そう思って、手を引いた、のだが。

「貴様、ふざけているのか!」
「えっ」

飛んできたのは怒号でした。…まるで意味がわからない。この状況さえ意味がわからないのに、私は今、何の理由があって怒られたのだろう。謝罪をするにもそこがわからければ謝れない。何か粗相をしただろうかと記憶を辿ろうとして、プラシド様の生白い手を掴んだままである事を思い出した。

「あ、そうか。手を握ったままですね。失礼しました。申し訳ありません」
「っ…!!」

きっとプラシド様は触れられるのがお嫌いなのだろう。そう判断して手を離すと、何故か綺麗なお顔を目一杯に顰められた。…これも地雷だったのだろうか。うーん。
悩んでいると、プラシド様はしかめっ面はそのままに幾分か落ち着きを取り戻した様子で声を零した。

「ナナシといったな」
「はい」
「それ以上ふざけた事を抜かすな」
「え、あ、はい? …すみません、ふざけているつもりはないんですけども」

正直に言ったところ、プラシド様がこの数分の中で一番の形相をした。鬼とか般若とかが可愛く思えるような怒りの表情だ。わけがわからない。私は何かおかしな事をしただろうか。
フードで表情を隠すようにしたプラシド様が「クソ、何故こんな人間を」とか言っているのが聞こえたが、その意味さえ私にはわからなかった。




***


エリカ様のリクエストのうちの一つ。「プラシドが鈍感で天然な女の子に一目惚れする話」です。
鈍感と天然の方向性を致命的に間違えた気がする上にプラシドが一目惚れしているのが絶望的にわかりにくい文章と相成ってしまいました。うーん。
書き直せやこらーってのがありましたら拍手がてら殴りつけて下さいまし。
エリカ様、リクエストありがとうございました。もう一つの方は今しばらくお待ち下さい。



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