行き違い、すれ違い
教室の一角、最後列で日当たりのいい窓際の席の辺りが今日も騒がしい。私はその場所とは反対の廊下側の最後列から、じっと一人の男の子を見ていた。
九十九遊馬くん。いろんな事に一直線で、太陽みたいに明るくて、いろんな人に囲まれていて、時々ドジな事をやっても笑って済ませて、周りの人も笑って済ませてしまう、そんな男の子。
今日も今日とて、彼の周りにはいつもの人達がいる。観月さん、武田くん、徳浦くん、委員長、キャッシーさん、―――しんげつ、れい、くん。
いいなぁ。羨ましいなぁ。九十九くんを見る自分の目が細くなっていくのを感じた。上下の視界が少しだけ狭まる。
そうしていると、ふとした拍子に真月くんと目が合って、私はさっと俯いてD・パッドに視線を落とした。さっきの授業のまとめをしているふりをするために、指先で端末を操作する。本当は、関係ないアプリを開いていたけれど。

「ナナシさん! 良かれと思って、僕のお話に付き合って下さい!」

屈託のない笑顔で真月くんにそう言われたのは、お昼休みの事だった。
私は、へっ、と上ずった声を上げてしまった。真月くんはにこにこと笑っている。

「おーい、真月? 飯はどーすんだ?」

少し離れた所にいる九十九くんが真月くんに声をかけた。九十九くんと真月くんは、いつも一緒に、ご飯を食べてるのかな。いいなぁ、羨ましいなぁ。
私のどろりとした感情には気付かないで、真月くんは九十九くんを振り返った。ちょっと困ったように笑っている。

「すみません、遊馬くん! 今日は僕、別のところで食べます」
「そっか。残念だけどしゃーねーな、いこーぜ皆!」

どたどたと雪崩れ込むように、九十九くん達が教室から出て行く。私のどろどろした感情は出て行かない。嫌、だなぁ。こんなの。
九十九くん達が教室を去ったのを見届けた真月くんは、すっと表情を消して私を見た。私は…びくりと、肩を震わせた。
―――真月くんのこんな顔、見た事ない。真月くんは、いつも、にこにこしていて、くるくると表情が変わって、それなのに、こんな顔。

「話が、ある」

こんな冷たい声だって、私は聞いた事がない。
混乱する私の腕を引いて、ずんずんと真月くんは歩いていく。屋上、じゃない。屋上だと九十九くん達がいる。どろどろした感情が勢いを増す。
抵抗したかったけれど、今の真月くんに抵抗したら何か酷い目にあわされる気がして、緩く唇を噛む事でその意思を押し殺した。私が我慢すればいい事なら、我慢、すればいいんだ。
真月くんは移動教室以外では使わない棟に入って、一室に私を押し込めた。私は急に投げ出された勢いでつんのめって、べしゃ、とみっともなく転んだ。痛い。真月くんが後ろ手に扉を閉める音が小さく聞こえる。

「しんげつ、くん、どうしたの」
「君はいつも、遊馬を見ているな」

いつもと全然違う、大人っぽい口調と声と表情で話す真月くんは私の質問に答えてくれない。怖い。九十九くんの名前。またどろどろする。
真月くんが伸ばした両手に顔を捉えられ、ぐい、と上を―――真月くんの方を向かされる。綺麗な紫の両目と、視線が合う。…首、痛いな。

「何故だ。あいつは、ナナシの事など見向きもしないだろう。さっきも君の事など気にもかけなかった」
「え、あ…えっ…」
「私はいつも君を見ていた、君に話しかけた、君を気にかけた、それなのに、何故遊馬なんだ!!」
「ひっ…!!」

至近距離で怒鳴られて、私はぎゅっと目を瞑って身体を竦めた。今の真月くんは、凄く怖い。また出てきた九十九くんの名前。嫌だ。どうしよう。怖い。ぐるぐる。
大理石の模様みたいにしっちゃかめっちゃかになった頭の片隅で、真月くんが言った言葉の意味が少しだけ、本当に少しだけ、理解、される。
恐る恐る瞼を上げると、真月くんは苦しそうな、苛々したような、変な顔をしていた。

「し、真月くん…あの、あの」
「………」
「…わ、わた、しの事…見て…た、って…?」
「……、…言葉の通りだ」
「ど、どうして」
「君が好きだ、これ以外に理由が必要か?」

あんまりにもあっさり告げられた言葉に、さっきまで強張っていた身体から一気に力が抜けた。すとーん、と肩から腕から腰から足の先に至るまで、へにゃへにゃになった。

「…き、聞き間違い、じゃない? 私の事、好き? なの?」
「何度も言わせるな」
「ご、ごめんなさい」

反射的に謝ったけれど、顔がにやにやしていくのは止められなかった。そしてどろどろとした感情が消えていくのを止める気は、これっぽっちもなかった。
また何か言おうとしたらしい真月くんが息を吸った。私達以外に誰もいない教室内ではその音がよく聞こえたけれど、また怒鳴られたら私は今度こそ言葉を忘れてしまう気がしたから、「あのねあのね」と先に声を出した。

「あの、真月くん、あの、私…私、も、好きだよ、真月くんの事」
「…え?」

あ、いつもみたいな真月くんの声。鳩が豆鉄砲を食らったよう、って言うのかな。きょとんとした顔が可愛い。いつもの真月くん。

「あのね、私、私が見てたのは、九十九くん…だけど、それは、間違いじゃ、ないんだけど。でもそうじゃなくて、えっと」

この際だからいろいろ言ってしまおうと思って口を開いたはいいけれど、言葉が続かない。まとまらない。あぁもう、ほら、真月くんが呆れた顔しちゃってる。さっきみたいな、大人っぽい顔で。

「言いたい事を纏めろ」
「う…ごめん、なさい」

えっと、こういう時、どうしたらいいんだっけ。あ、そうだ、深呼吸。す、は、す、は。うん、落ち着いた。

「…それで」
「うん……真月くん、は、いつも九十九くんと…一緒にいて…だから、九十九くんが、羨ましく…て……私は真月くんに話しかける事もできない、のに、九十九くんは、いつも…」

さっきよりはマシなペースで言葉を並べていくうち、さっきの感情がどろどろと沸いてきた。嫌だなぁ、これ。何だろう。

「…つまり、ナナシも遊馬に嫉妬していたのか」
「えっ」

一瞬考えるような顔をした真月くんにさらっとそう言われて、私の方がびっくりした。嫉妬、なんて、今まで縁がなかったのに。これが、嫉妬?
あぁ、でもそれより真月くん、今ナナシ「も」って言った。私もって、もしかして、真月くんもそうだったのかな。聞く勇気はないけれど。

「やれやれ…私達は揃って間抜けな事をしていたようだ」
「う、あの」
「互いに好きなのに、的外れな嫉妬をしていたのだからな」
「うううぅぅ…」

好きって、言われた。好きな人に。真月くんに、好きって、言われた!
顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。でもまだ顔は真月くんに固定されているから、顔を背ける事ができない。恥ずかしい。
真月くんはそんな私をしげしげと眺めた後小さく笑って、ぎゅ、と私を抱きしめてくれた。
それだけでも恥ずかしかったけれど、多分真月くんは(私以上に的外れな嫉妬をしていたから)余計に恥ずかしいはずで、だから、私は頑張って真月くんを抱き返して、ごにょごにょと口を動かして。

「す、好き、だよ、真月くん」

真月くんが転校してきた時からずっと、大人っぽい顔を見せてからはもっともっと強く感じていた事を、素直に口にした。




***


さち様リクエストのうちの一つ、「真月警部の嫉妬甘」です。前半ただのよかれくんで申し訳なく…気弱大人しいはずの夢主が何だかいろいろ頑張りましたがそうしないと進展しなさそうだったからです弁明。
前半で夢主が遊馬に好意を寄せているように描写したのはわざとです。実態は大好きな真月と無条件で一緒にいられる遊馬が羨ましかっただけです。わかりにくかったら申し訳ありません。
さち様、リクエストありがとうございました。もう一つの方は今しばらくお待ちください。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -