街医者観察
5時。ナナシが起きる音で目が覚めた。だが意識が浮上しただけで身体は全く動かず、ナナシが部屋を出て数分もしないうちに二度寝開始。

7時。ナナシに文字通り叩き起こされる。頭を全力で叩かれて一気に目が覚めた。もっと優しく起こせと訴えたら「何度も揺すったのに起きないからです」と一蹴された。オレはそんなにも深く眠っていたのか。それにしても手荒な奴だ。居間に移動して二人で朝食を摂る。ナナシの料理の腕は、甘いモン以外は上手いとは言えねぇが、それでもここ最近は上達していると思う。多少焦げていようが煮詰まっていようが、サテライトにいた時やダークシグナーだった時の事を思えば充分ありがたい代物だ。

8時。身支度は整えたがまだ眠い。ナナシは3時間も前から起きているせいかしゃきしゃき動いている。几帳面なナナシは診療所の整理整頓を欠かさない。あれだけ生真面目に整頓できるのに、最近まで掃除すれば物を壊していたというから驚きだ。…いや、そうでもねぇな。よくよく見れば手つきは時々危なっかしい。身体を動かせばこの眠気がどうにかなるだろうかと考え、ナナシの手伝いをする。お陰さんで眠気は晴れた。

10時。ニコとウエストが遊びに来た。診療所に患者が来なかったのもあり、ナナシを交えてデュエルに興じる。ニコはどうやらデッキを持ってねぇらしく、もっぱらオレがウエストとナナシを相手にしていた。が、あいつら二人がかりでかかられてもオレの方が強い。ウエストは悔しそうにしていたがナナシはいつものように飄々としている。D・ホイールを持っていると聞いたからデュエルもするものと思っていたが、プレイングは素人そのものだ。

12時。ナナシとニコとウエスト、4人で昼食を摂る。食事はニコが作った。比べるのは悪いとわかっているが、正直なところナナシの料理より美味い。ニコの料理を初めて食ったらしいナナシはオレを見てしみじみと「…すみません、いつもあんな料理で」と言った。確かに一般的に見りゃ見た目も味もニコより劣るだろうが、ニコの料理よりナナシの料理の方が好きだ。と言ってやったら、何故か顔を真っ赤にして頭を叩かれた。ニコとウエストはそれを見て笑っていた。くそ、何なんだ。

13時。昼食の片づけを終え、ニコとウエストが帰っていった。ナナシは昼食の時からずっとオレを見ようとしない。オレは何かまずい事でも言ったか。そして顔が赤いままだ。熱でも出たか。二つの疑問を率直にぶつけてみると、ナナシは恨めしそうにオレを見て「…鈍感」と言った。鈍感…だろうか。ナナシに関してはいつもアンテナ張ってるつもりなんだが。オレの発言の後ああなったのならその原因になった発言が何か気になるだろう。顔が赤ければ熱を疑うだろう。…何もおかしくねぇ、よな?

13時半。何か眠くなった。住居スペースのソファに横になって昼寝をする。

15時。目が覚めた。毛布がかけられている。ナナシがかけてくれたんだろう。礼を言おうと思い、ナナシがいると思われる診療スペースに向かう。ナナシは患者の相手をしていた。診断も終わりだったらしく、患者は立ち上がって金を払い、会釈した後に出て行った。オレの存在に気付いたナナシに毛布の礼を言うと、ナナシはぷいと視線を逸らして「風邪をひかれても困りますので」とだけ言った。少しだけ声が震えている。照れ隠しか。可愛い奴。頭を撫でたら拗ねたような顔をした。

16時。患者はどうやらさっき来た一人だけだったらしい。やる事がないとぼやいたナナシに昼間の事を聞いてみる。結果、デュエルについては「知識も経験も、ウエスト君より浅いですよ」。食事の時のは…また「鈍感」と睨まれただけだった。オレが何をしたというんだ。心当たりもなく首を傾げるオレに、ナナシは盛大に溜息を吐いていた。

16時半。ナナシが不意に「デュエルを教えて下さい」と言ってきた。何でまた急に。と訊いたら、ナナシは「持っているデッキを活用する機会がD・ホイールに乗る時しかないからです」と答えた。確かに、デュエルしねぇのにデッキを持っていても、デッキが可哀想だ。だが、どうするか。サテライト育ちのオレはほとんど感覚だけでデュエルをしてきたせいで、細かいルールはいちいち覚えちゃいねぇ。いや、覚えているには覚えているが、言葉にできるような形では覚えていない。参ったな。返事は一時保留としておいた。

18時。太陽が傾いて、オレにとって多少過ごしやすい時間帯になった。ダークシグナーだった頃、ずっと夜型生活だったせいか、今もその生活習慣が抜けきらない。元々日光も苦手だったが、今はもっと苦手だ。ナナシはオレのそんな事情と体質を知っていても朝っぱらから叩き起こそうとする。いつだったか人間は日光を浴びないと云々と言われたが、専門用語(だと思う)が出てきた辺りでわけがわからなくなった事があったな。

19時。夕食を摂る。ナナシはまた「ニコちゃんの料理ほど美味しくありませんが」とか言った。ナナシの料理だって食えねぇような代物じゃねぇし、惚れた女が努力してくれるなら素直に嬉しい、だから気にする必要もねぇよ。と返すと、ナナシは言葉にならない声を上げてテーブルに突っ伏した。耳まで真っ赤だ。ははーん、ようやくわかった。いつも以上に照れてやがったわけだ。可愛い奴だな。と笑ったら、ナナシは「こんな可愛げのない女を捕まえて可愛いなんて目が腐ってるんですか」と散々な事を言った。赤い顔のままでは迫力も何もあったモンじゃなく、むしろそういう態度が可愛いんだよと思ったが、これ以上そんな事を言うと何をされるかわからなかったから笑うに留めた。

23時。寝つきが悪い。と随分前にオレが言ったのを覚えていたらしく、ナナシが睡眠薬を手渡してきた。できれば薬なんかに頼りたくない。と返そうとしたら、「様子見です」とにべもなく言われ、そのままナナシは診療所を閉める作業に入ったから返すタイミングを完全に失った。無理に突っ返してナナシの善意を無駄にするのもよくねぇな、と自分に言い聞かせ、薬を胃袋に流し込んだ。

0時。薬のせいか、あっさり寝付いた。



++++++



「おはようございます」
「…おう、はよ。…今日は叩かねぇんだな」
「ちゃんと起きて下さいましたから。ところで、よく眠れましたか?」
「お陰さんで。だが…やっぱり睡眠薬には頼りたくねぇな。変な感じがしやがる」
「そうですか。それじゃ、もう薬はお渡ししません」
「そうしてくれ」
「(本当はただのビタミン剤だったんですけどね)」
「どうかしたか」
「いいえ、何も。ところでデュエルの話は」
「あぁ、あれか…今度シティに行ったらルールブックは買ってきてやる」
「…! …ありがとうございます。楽しみにしてますね」
「おう(いつになく喜んでるな。やっぱり可愛い奴だ)」



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