復讐の刃、その末路にて
斬影軍団に属していたというイカ型のレプリロイドと出会ったのは、身体を失い、サイバー空間に流れ着いてからしばらく経っての事でした。
私自身も斬影軍団に所属していましたが、そのレプリロイド―――テック・クラーケンとは会った事がありません。ですが、その立ち居振る舞いを見るに、彼が末端の兵士であったとも思えません。

「…本当に斬影軍団の者だったのですか?」
「左様」
「では何故、私は貴方と会った記憶がないのでしょう。貴方がそれほどの末端であったとは思えません」
「…某は、ファントム様からの直接の命で動いていた。反逆者の内偵…あるいは処分を役目として賜っていたのだ」
「それでは…私達にさえ、存在を知られてはいけなかったのですね」
「あぁ。ファントム様以外に某の存在を知る者はなかったはずだ」

なるほど、それでは私が彼の存在を知り得なかったのも頷けます。全てのデータが流れ着くこの空間でも、データとして登録されていなければ流れ着くものはない。きっと、彼はそういう存在だったのでしょう。
今この場にはファントム様がおられないので、ファントム様に直接ご確認を取る事はできません。クラーケンが嘘をついているという可能性もありますが、私は彼を疑う気にはなれませんでした。一先ず、クラーケンを信頼する事にします。

「…それで、貴方は何故ここにおられるのでしょう」
「経緯を説明すると長く……、…否、やめておこう。言い訳にもならん」

ふるりと頭部を左右に振り、クラーケンはひょろりと長い腕を揺らしました。たった一人自らの存在を認識していた主を喪った彼が、何を思い、何をしてきたのか、私には何もわかりません。ですがきっと、ほめられた事はしていないのでしょう。表情の彼からは、悔恨の念が漂っているように見えました。

「…結論だけを言おう。ゼロに敗れたのだ」
「……、…そうですか。ゼロに…」

それは私と同じ理由でした。私もあの赤いレプリロイドに敗れ、破壊されました。ファントム様は…私達より早くに、エックス様をお守りするために自爆なさいました。
あの時こそ絶望したものの、このサイバー空間に流れ着いた後ファントム様に再会できたため、エックス様や人間達のために戦う事ができないと悔いる事はありますが、今は心安らぐ事が多くありました。
エックス様もハルピュイア様もファーブニル様もレヴィアタン様も、等しく尊敬すべきお方です。しかし、私が主としたのはファントム様のみ。主の傍にいられる事は、私にとっては無上の喜びです。
クラーケンはどうなのでしょう。彼の悔恨も、ファントム様にお会いすれば多少は和らぐのでしょうか。そう思うと、私の口は自然と動いていました。

「クラーケン。ファントム様にお会いしませんか?」
「…何? だが、ファントム様は…」
「ファントム様もまた、私達と同じようにこの空間におられます」
「…だが、某には…ファントム様に合わせる顔などない」
「ですが貴方はファントム様のために戦っていたのでしょう? その過程がどうであったかは存じませんし無理に訊こうとも思いませんが…ファントム様は主のために戦う者を責めようなどとはお思いにならないはずです」

ファントム様のエックス様に忠義を尽くす姿は私達の模範となり、私達を気にかけて下さる姿はあの方に対する私達の忠義の根源となりました。
そんな方が、理由や過程はどうあれ必死で戦い抜いた部下を相手に罵倒をするところなど、私には思い浮かびません。もしかしたら、叱責程度はするかもしれませんが。
黙して何も言わないクラーケンは、きっとその沈黙を否定としているのでしょう。少なくとも、彼の方から積極的にファントム様にお会いしようと考えているようには、私には見えませんでした。それならば無理に彼を連れて行く事もないでしょう。

「…気が変わりましたら、どうかご一報を。私はナナシと申します。…それでは、失礼します」
「あぁ……すまぬ」

細い声で謝ったクラーケンに軽く頭を垂れた後、私はその場を後にしました。
彼の心の整理がつくまでは、この件はファントム様には内密にしておきましょう。




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