祈りよ届け
レッドも変な事をなさるわねぇ、と心中で呟きながら歩く。
別の目的もあるにしろ、子供―――と称してもいいのかしら―――を連れ戻すために、本職のハンターに喧嘩を売るなんて。
まぁ、その原因となった子がレッドアラートを抜けた理由がわからないではないけれど。元の仲間と戦うのは、気の進む話ではない。
心中で愚痴を零しながら広間に出ると、得物であるダガーの手入れをする仲間を見付けた。ぽっと心に広がる、安堵。
「カラスティング…」
「…ん?」
零した声はしっかりと彼に届いていたらしい。彼はわざわざ手入れをやめて、顔を上げた。
「ナナシか…」
「えぇ。御機嫌よう。まだいらしたの?」
「それはこっちの台詞だな。お前なら真っ先に行くかと思ったが」
「あら、失礼しちゃう。私、そんなに喧嘩っ早く見える?」
「…悪かった」
口元に手をやって不機嫌な声で言うと、カラスティングは苦笑しながら肩を竦めた。
「冗談はさておき―――私、割と真剣よ? さっきの貴方じゃないけれど…貴方ならいの一番でアクセルの所に行くと思っていたもの」
「あぁ」
そっと視線を外した彼は、目を眇めた。
遠いその視線は、あの子を見ているのかしら。
「アイツの意思を、一度聞いておきたくてな」
「…答えなんてわかっているでしょう? あの子、誰に似たのか知らないけれど相当な頑固者よ」
「それもアイツらしいさ」
至って落ち着き払った声でカラスティングはそう言って、それに、と続けた。
「アイツが憧れたレプリロイド―――エックスとかいう甘ちゃんはさておき、ゼロの方は見てみたい。そんな価値があるのか、な」
「………」
ぷっ、と思わず吹き出した。
頭上にクエスチョンマークを浮かべて怪訝な表情を向けてくるカラスティング。
「あはは、…ははっ、ごめんなさい」
「どうしたんだ、急に」
「ふふっ、さっきの貴方。まるで弟を取られた兄か、父親のようだったから!」
「…そうか?」
首を傾げるカラスティングに頷く。
カラスティングはレッドに負けず劣らずアクセルを可愛がっていたし、アクセルも彼に懐いていたようだから、そう見えたのかもしれない。なんて。
「…あぁそう、それとね。私、ゼロに会ったわ。レッドアラートだって事と戦闘型っていう事を隠して、お話してみたの」
「ほう? どんな奴だった?」
興味津々といった様子のカラスティングに、後ろで手を組んで首を傾げた。きっと、今の私はとても悪戯っぽい表情をしているに違いない。
「野暮な事をお訊きになるのね。聞きたいの?」
「もったいぶるな…と言いたいところだが、野暮か。確かにナナシの言う通りだ。聞きたくないと言えば嘘になるが、自分の目で見定めるとしよう」
「ええ、是非そうするといいわ。でも無茶はなさらないでね?」
最後の言葉で零された私の本心。何も彼に対してだけ思っているわけではない。
レッドアラートは組織だけれど、私にとっては家族のようなものだから。誰にも無茶はしてほしくない。
なのにカラスティングときたら、軽く笑って「考えておく」としか言わないものだから。
「…そこは嘘でも頷いてほしかったわね」
軽く、彼の額に当たる部分に平手を入れておいた。短い抗議の声が聞こえた気がしなくもないけれど、無視してその名前を呼ぶ。
「カラスティング」
「何だ、ナナシ」
真っ直ぐに見据えてくれる、彼。今の今まで抗議していたのに。私は彼のこういうところがたまらなく好きだ。愛おしいとさえ思う。
だから、ねぇ、カラスティング。
「死なないで」
「…わかってるさ」
ふっと微笑むその仕種。即答してくれるその言葉。
それらが見納めや聞き納めにならない事を、いるかどうかもわからない神に祈った。