定義の境界とは
ゼロは、いわゆる機械だ。
綺麗な長い髪があり、瞬きのできる両目があり、しなやかな手足があり、胴があり、感情があり、記憶があり、知識がある。
だがしかし髪や両目や手足や胴体は細胞の集まりではなく、感情は電子回路として存在しているだけであり、記憶や知識はその頭部に埋め込まれたチップにデータとして蓄積されていくだけだ。
ゼロは人間のように老いる事はないし、身体が破損したら修理されるし、血を流す事もない。
レプリロイド―――人間を模倣して作られたというだけあって、その外観だけは人間そのものだ。しかし前述したように内面はその限りではない。
そして私は人間だ。細胞でできた血と肉を持ち、身体の代えは基本的にはきかず、知識や記憶といったものは脳に蓄積され、感情はその脳の回路に支配される。

「で、どう思う?」
「話が見えん…」

そりゃあそうだ、私は唇の端を歪めた。隣にいるゼロはいつもの仏頂面だが、ヘルメットの下で少しだけ眉を寄せたのがわかった。鬱陶しそうにしながらも話を聞く辺り、とても律儀な男だ。
私はゼロが話を止めようとしないのをいい事に言葉を紡いでいく。

「要するにだ、多少の差異はあれど、私達には大した違いはないんじゃないかと思うんだ」
「さっきまでレプリロイドと人間の違いを散々挙げていたのにか? おかしな奴だ」
「そうでもないよ。細胞の代わりに鉄と人工皮膚、血の代わりにオイル、脳の代わりにチップや電子回路…置き換えて考えれば、共通点はいっぱいある」

私が指折り数えてそう言うと、ゼロはますます眉を寄せた。跡が残ってしまうのではないかと思うほど、眉間の皺は深い。
納得できていなさそうなその表情を笑いながら見つめ、私は人差し指をピンと立てた。

「最悪なものの例えをしよう。エックスやアクセルが破壊されたとする」
「……本当に最悪な例えだな」

吐き捨てるように言われた。考えたくもない、というのが彼の本心なのだろう。しかし私はお構いなしに言葉を続けた。

「エックスもアクセルも大破して、身体の代えもきかなくなった。チップは粉々で、データの復旧など望めそうにない。―――こんな状態の彼らを見たら、ゼロはどう思う?」
「…あいつらが死んだら、って事か」
「その解釈だけで十分だ。お前は今、『死』という言葉を使った。つまりだ、私達人間と同様にレプリロイドにも『死』は訪れる」
「何が言いたいんだ、お前」

訝しげな視線と苛立ち混じりの声、私は目を細めて笑った。ゼロは何とも不快そうな顔をしている。

「いや、何。人間とレプリロイドを隔てる必要性が、近い将来、なくなるんじゃないかと思ってね」
「………」

ゼロは片手で顔を覆い、はぁ、と盛大な溜息を吐いた。怒りや不快感を通り越した呆れを含んだ態度だ。
一体どんな言葉を返してくるのだろう、そもそもこれ以上私の相手を続けるだろうか。心に僅かな期待と興奮を抱き、大きな手に覆われた綺麗な顔を眺める。

「…俺達は根本的に違うだろ」
「そうかな? こんなにも共通点が多いのに」
「俺達レプリロイドは機械だ。お前達人間は俺達を作る立場にあるが、その逆は絶対にない。それだけで違うと言い切るのには十分だろう」

そう言ってゼロは立ち上がった。傍らに置かれていたセイバーをあるべき場所に携え、部屋を出て行こうとする。

「試験管」
「…あ?」
「卵子と精子があれば、…いや、卵子だけでもいい。あれば、試験管で赤子を作る事ができる」

デスクに肘をつき、寄りかかる。ゼロが振り返る。嫌そうな顔をしている。私はにんまりと笑う。

「わかるかい? プログラミングさえしてしまえば、お前達機械でだって、人間を作れるんだ」
「………」
「こうなってしまうと、本当に境目などなくなってしまうね」
「言ってろ」

そう吐き捨て、ゼロは今度こそ部屋を出て行ってしまった。
私はゼロに嫌われている。今日の一件で、更に嫌われてしまっただろう。
少しだけ残念に思ったが、はて、本当に嫌われているのだろうか。ふと疑問に思う。
そして、案外嫌われていないのではないか、という結論に達する。我ながら楽観的かつ呆れ返るような推論ではあるが、ゼロは本当に嫌いな相手の話を聞くような奴には思えない。私の話を聞いていてくれた彼は、本当は私を嫌っていないのかもしれない。まぁ、どちらでもいいのだが。

さて、次は誰にどんな話をしようか。
ゼロに話す事はなくても、彼にしたのと同じ問いをエックスやアクセルに投げてみるのもありだ。
どんどん嫌われていきそうだな。私はくつりと笑った。




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