砂漠の一幕
砂嵐が晴れてきて、視界がクリアになった。行動しやすくなった、ありがたく思いながら駆ける。
そして違和感を覚えた。土の掠れた景色に似つかわしくない、涼やかかつ鮮やかな翠があったのだ。しかもその足元には探してやまない紅が、金の髪を散らして倒れ伏している。

「…!」

ざっ、と急ブレーキをかけた。緩やかに翠が振り返って視線を交わす。
彼の傍らに控えて私に威嚇の視線を向けるのは彼の部下だろうか、いやそれはどうでも、いやよくないのか。
焦りと混乱が先立つ私を無表情に見据え、ハルピュイアは静かに口を開いた。

「ナナシか。貴様はレジスタンスベースにいると思っていたが」
「…ゼロに、何をしたの」

ハルピュイアの冷静な声に少しだけ落ち着きを取り戻す。それでも無駄な話はしたくない、単刀直入に問いを投げた。
ハルピュイアは私から視線を剥がし、ゼロを見下ろしてやはり淡々と述べた。

「俺は何もしていない」
「なら…何で、ゼロは…!」
「知らん」

どこまでも冷淡な切り返し。ふと疑問が浮かぶ。
―――一年前のハルピュイアは、こんな表情をするひとだっただろうか。
いや、しかし今はそれどころではない。

「…ゼロから離れて」
「嫌だ…と言ったらどうする?」
「力ずくでも、と…言いたいけど…」

それができないという事は、わかっている。だってやろうと思えば、ハルピュイアは私が動く前にゼロを殺せる。よしんば戦えたとしても、二対一では…きつい。
どうしたら、いいんだろう。

「………」

それまで静かに私を見ていたハルピュイアが、急に視線を外して屈んだ。硬直する私を余所に無造作に、しかし思いの外やんわりとした動きで、彼はゼロを抱えた。
そして頭を下げた部下らしきレプリロイドに乗り、は、と別な意味で固まった私に視線を寄越した。

「乗れ」
「は? …え、ぁ……えっ?」
「二度も言わせるな」
「ぅ、あ、うん…え」

何もしないだろうかと少しばかりびくびくしながら、ハルピュイアに歩み寄る。そして彼が何もしようとしないのを確認して乗ろうとするものの、私には少々高い。ジャンプしては着地の時にいらぬ衝撃が行くかもしれない。
どうしようかと悩む私に痺れを切らせたらしいハルピュイアは溜息を吐き、ゼロを片手で抱え直すと空いた手で私の腕を引いた。あっさりと視界が高くなって、後ろにハルピュイア、隣にゼロの構図。

「ハル、ピュイア…?」
「送り届けてやる。落ちるなよ」

ひゅるり、宙を舞う。砂埃と風が混じり合って、少しの不快感。目を覚まさないゼロの髪が靡く。

「貴様らのベースの場所を教えろ」

普段なら断っただろうその言葉、今の私にそんな選択肢はなかった。そんな事はこの状況が許さなかった。
あっち、と素直に教えながら、ハルピュイアを見上げる。相変わらずの、妙に冷たい表情。

「…ハルピュイア」
「何だ」
「…どう、して」

続く言葉はいろいろあった。どうして戦わないのか、どうして私達を助けるような事をするのか、どうして―――そんな冷たい顔を、しているのか。
しかしどれもこれも言葉にはならず、私は口を噤んだ。
ちらと私とゼロを見てすぐに視線を外し、ハルピュイアは口を開いた。

「…しばらくは、これでいい」
「…え?」

あまりにも静かなその声音は、風の音に紛れてはっきりとは聞こえなかった。
そしてハルピュイアは二度と言わず、私は訊き直すタイミングを逸した。

ああ、けれど、何でだろう。
言葉を切って、口を閉ざした、その横顔。
その表情が、心なしか穏やかに見えて―――何故だか、安心した。



(ゼロと戦う時だけ全て忘れられると言った辺り、ハルピュイアにとって代行とはいえ統治者というポジションはかなりの重圧だったのではないかと思うのです。主も亡くしてしまっていますしね)




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