アゼルさんと

(宜野座ナル様リクエスト)



馬の放牧の間、どうしてもアゼルさんの事が気にかかる。狼に襲われていたらどうしようとか、悪い病気を拾っていたらどうしようとか。定住していた時はお医者様にかかれば済んだ事でも、遊牧している以上はそうはいかないのだと知ったのは、ハルガルに嫁いだその年の事だった。
しかし、だからといって私は仕事を休むわけにはいかない。私はアゼルさんの―――ハルガルの次期族長の妻なのだ。アゼルさんがいなくてもいつも通りに仕事をこなす責務がある。まして、私がどれほど心配したって、こればかりは天命であって変わる事はないのだから。全てを割り切れてはいなくても、それぐらいはわかる。
そうやって腹を括っているつもりでも、実際はそうはいっていないらしい。我ながら呆れてしまうが、アゼルさんが帰ると馬の数の変動に関わらず彼の無事を確認し、安堵するのだ。それは多分、妻が夫を出迎えるものではなく、例えば子供が行商に出た親を迎えるものに似ている。
今回帰ったアゼルさんは、珍しい事に少しだけ顔を顰めていた。馬は、確か一頭も損なわずに帰って来られたはずだが。

「何かおありでしたか?」
「…仔馬に背を小突かれた」
「あら」

仔馬。そういえば、いた。仔といってもそろそろその範囲を逸しそうなほどには成長し、人を乗せる事もできるようになる頃合の馬だ。しかもかなりのやんちゃだったと記憶している。

「大丈夫ですか? お怪我になったのでは?」
「あぁ、少し…痣になった」
「あ、ざ…」

小突かれた、とアゼルさんは言ったが、痣となるとそれは相当な勢いではなかったのだろうか。いくらジョルクさんやバイマトさんが何かにつけ様子見という名目で交代しに行って下さったとはいえ、馬の放牧は基本的に不寝番だ。集中力が途切れた折だったとしたら、痣にもなろう。

「湿布を貼りましょう」
「大袈裟だ。すぐに治る」
「でも…痛いのではありませんか? さっきから、少し顔を顰めていらっしゃいます」
「………」

少しだけ、アゼルさんが困ったような顔をした。眉間の皺が少しだけ増えたのでわかる。私は溜息を吐いた。
アゼルさんは少し、無理をするきらいがある。ちょっとした風邪を引くたびに泣いて狼狽するアミルさんを彼は大袈裟だと言うが、私に言わせればアミルさんの方がよほど正しい。風邪は勿論、怪我だってこじらせたら大変な事になるのだから。
踵を返そうとしたアゼルさんの手首をがっちりと両手で掴み、ぐいと引っ張る。微かにつんのめったアゼルさんが殊更に嫌そうな顔をしたが、こればかりは譲る気はない。
せめて心配して過ごした分ぐらいは安心させてくれなくては、釣り合いが取れないというものだ。

2015/07/14

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