ヒューマンの癖にドラフとすら張り合えそうな膂力を誇る男がいた。
竜殺しを成し遂げたり騎士団長を務めたり反逆者の汚名を着せられたり教え子が囚われたり、何かと忙しい経歴を持つその男が、何となく気に食わなかった。
それは実直な性格に反して謀り事を企める掴みどころのなさであったり、寝ぼけて発した異国の言葉に即座に対応する博識さであったり、意外に抜けているところの多い迂闊さであったりする。
エルモートは甲板に寝そべって溜息を吐いた。

(あンまり…)

考えたくない、と思ってしまう。しかし考えない事には話が始まらない。始まってほしくない。

「エルモートさん」

始まって、ほしくないのに。穏やかなその声は平穏を許してくれない。

「イイコは寝る時間だぜェ…?」

ぐるりと顔を巡らせ、月明かりに微笑む少女を振り返る。肩より上で切り揃えた茶髪が夜風に煽られるさまは、夜目が利くエルモートだからこそ見えるものだ。

「そうね。もう少ししたら、そんな時間だわ」
「わかってンなら部屋に戻れって。親父も心配するぜ」

わざわざ苦手な男の事を考えてしまう理由はこの少女にあった。
未だ幼いと言える年齢ながら弓を手に戦場を駆けるこの少女はエルモートを慕ってくれる。彼女自身は適度な距離を保ってはいるが、当のエルモートはそれをよく感じていた。それはいい。それはいいのだ。
かの竜殺しに養育された娘でさえなければ、エルモートは彼女を色眼鏡で見ずに済んだ。八つ当たりだとわかっていながら、そう思わずにいられない。

「お義父様は…大丈夫だと思うの。パーシヴァルさん、ランスロットさん、ヴェインさんの方が心配なさりそう」
「わかってンなら部屋に戻れって…」

繰り返した声が呆れに低められるのは堪えようがなかった。

「エルモートさんが送ってくださるなら、戻るわ」

そのくせ少女はたおやかに固辞する。もしくは譲歩しているつもりなのだろう。あるいは冗談か。いいや、血縁がないとはいえ「あれ」の娘だ。本気というのも大いにありうる。

「なら送ってやッから」

考えるのを放棄して立ち上がる。きょとんと瞳を丸くした少女を尻目に、外套を脱ぐ。そのまま被せようとして、背中側を一応はたく。

「ガキが体冷やすモンじゃねェぞ。今度から上は着てこい」

呆気にとられたままの少女に外套をフードのように被せてやると、彼女は細く丸い指先でベールのようにそれを押し上げてエルモートを見上げた。
沈黙を待たず、船内へ導こうとしたエルモートの腕を、小さな手が掴んだ。

「また来ていいの? エルモートさん」
「…オマエなァ」

溜息がこぼれそうになって、しかし出なかった。少女があまりにも嬉しそうに、茶化す事も、屁理屈をこねる事もなく、ただひたすら嬉しそうに、笑っていたから。

「……いつもいるとは限らねェンだぞ」
「それでもいいわ。嬉しい。殿方のお部屋にお邪魔するのは淑女のやる事ではない、とパーシヴァル様に教わってね、どうしたらエルモートさんともっとお話できるか、ずっと悩んでいたの」
「………」

この、親の顔も覚えていない、周囲に忌まれた力だけで、漫然と住人の暮らしを守っていただけの、自分を。
…こうまで求められたのは、団長と蒼の少女以来だろうか。

「…っくく、ははは」

笑ってしまう。高潔な少女が、どこのごろつきとも知れぬ己をこうまで慕うなど。

「エルモートさん?」
「はははっ。…あァ、何でもねェよ。戻るぞ」

小さな背中を叩いてやると、不思議そうにしながらも彼女は頷いた。
少女の義父たる竜殺しに「立ちはだかった方がいいのか」と笑いながら問われ、全力で拒否するのは、その翌日の事だが―――今はまだ知らぬ話。


++++++


本当に養女を迎える余裕が彼にあったろうかと疑問がありつつ。
この養女、養父と同じ性格に育ちそうだと思いました。そも現状からして相当図太いので逃亡生活とか普通についていってにこにこしていそうな気がする。
それにしてもどんなにいっても13、4歳だと思うんですが落ち着きすぎですね養女。エルモートが受けになりそうです。やめます。




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