_2009 / _2011改


 神様は考えていました。
「世界はずいぶん汚れてしまったなあ」
 渋谷のスクランブル交差点を渡りながら、向こうに見えるコーヒーショップに視線を投げました。忙しなく毎日を送る人々が、次から次へとカップを持って入れ替わり立ち変わり。
「ゆっくり休憩も出来ないのか」
 小さく零しながら渡っていたなら、あっという間に信号が点滅し始めてしまいます。
「そんなに短い時間では渡れな……あっ」
 どんっ。
 人波に押されて、神様は誰かにぶつかりました。
「あ、どうも申し訳な……」
「ちんたら歩いてんなよじじい!」
 舌打ちを残して消えた若者に、神様はため息をつきました。
 神様にはわかっています。世界にはたくさんの人がいることも、ここがそんな中のごく一部だということも、そんな人が全ての人に当てはまるわけではないということも。神様にはわかっています。けれど同時に、ここもまた、世界の縮図であるということも。
「世界はずいぶん汚れてしまったなあ」
 また同じ言葉を紡ぎながら、そろそろこの世界もおしまいだろうかと、そんなことを考えていました。
 神様はたくさんの世界を見ています。知っています。そうして何度でも、それらを創り直すことが出来るのです。
「どうしたものか」
 交差点を渡り終え、考えながらも右へと道を行きました。すぐ差し掛かったとあるビルの街頭では、売り出し中のミュージシャンのへたくそな歌のプロモーションが流れていました。
「お願いしまあす」
「はあ」
 キャンペーンガールに渡されたチラシを何となく受け取って、何となくそれに目を通しました。

『一億五千万人に捧ぐラブソング』

 そんな謳い文句が、そこには書かれていました。
 神様は、思わず笑いました。こんなへたくそな歌を一億五千万人に捧げるつもりなのか、と。
 世界には何億という人がいます。神様は全てを知っていて、全てを見ることが出来るのです。こんな歌で、一億五千万人の気持ちが揺さ振られることなどないことも、全て知っているのです。
「壮大な野望だな」
 神様は笑いました。
「けれど、壮大な希望だ」
 神様はやっぱり笑って、まだまだ見守るのも悪くないかと、チラシに目を細め、渋谷の街を抜けていきました。

一億五千万ラブソング



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