_2009


 死ぬことなんて当然のことだ。あたし達は皆、生まれたときから死に向かって走っている。良いも悪いもなく、それが自然の摂理だから。そう思ってきたことに後悔もなければ今更文句をつけようとも思わない。思わないが、いざそれに直面した今、本当にそうだったろうかと疑問には思った。

「そんな顔するなよ」
「……死ぬって、本当?」
「ああ」

 何てことないような顔でそう言った彼は、どうやらもうすぐ死ぬらしい。何かの病気らしいことは随分前から知っていたし、完治しようとしまいと、人はいつしか死ぬものだ。そんなことは当たり前なのに、いざ目の前の彼が、病気を元に死ぬとは思っていなかった。

「だって、元気そうじゃん」
「そりゃあまあな」
「だって、治るって言ってたじゃん」
「こんなに早くバレるなんて思わなかったんだよ」
「だって、」

 責めたって仕方ない。治らないものは治らない、結局は皆、死んでいく生き物なのだ。わかってはいるのに撒くし立てて詰まってしまった言葉はそれこそ彼の行く末を肯定してしまったようで、ただ、涙が出た。

「泣くなよ」
「……だっ、て、」
「……俺さあ、」

 あたしの頭を優しく撫でた彼の手は大きくて、これから死んでいく者のそれとは大抵思えなかった。言い掛けて噤んだその先を促すように視線を向けたなら、参ったなと零して小さく笑う顔が映る。

「俺さ、思うんだ。死ぬために生まれたんじゃなくて、死ぬまでにたくさんの何かを積み重ねるために生きてるんだって」
「……うん、」
「死に向かってるんじゃなくて、たくさんの瞬間とたくさんの歳を重ねて、そのために生きてるんだって」
「……うん、」
「うんばっかだな、お前」

 その先にたまたま死ぬことがあるだけだと、そう締め括って、彼はまた笑った。俺はたくさんってほどの歳は重ねられないみたいだけどさ、と付け加えて。

 その数ヶ月後、病気だった割りには安らかな最期だったと、彼の家族に聞いたのは、詰まらない仕事の帰り道だった。──死ぬことなんて当然のことだ。あたし達は皆、生まれたときから死に向かって走っている。良いも悪いもなく、それが自然の摂理だから。それは当然だけれど、それだけではないのだと、今はもう知っている。あたしもいつかは死ぬだろう。そのとき、彼と同じように口に出来るだろうか。たくさんの瞬間とたくさんの歳を重ねて、胸を張って笑えるだろうか。

「ねえ……あたし、生きてるんだよ。だから、」

 わからないけれど次に会うときは、あたしもそうだったよと笑って伝えたいと思う。

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